震災前の話

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     思い起こせば震災前の平成20年7月、金華山で白い鹿が誕生したと話題になったことがありました。

     同年の9月27日に毎日新聞に掲載され、テレビでも放映になりましたが、学者の方の説によるとアルビノではないということから、やがて茶色くなって行くであろうと解説されていました。


     翌年1月1日付けの社報「金華山」の表紙に、当時帝京科学大学・関さんの撮影した白鹿の写真が取り上げられています。


    白鹿

     白い鹿の出現は瑞兆(めでたいこと)として古来より伝説があり、社報・編集後記でもそのことに触れていましたが、はたして世界は良くなったのでしょうか?

     今はこの鹿も茶色くなって普通の鹿と混ざり区別できないかもしれません。






     震災前は随神門前のここに大きな石鳥居がありました。

     昔の人はこうしたものをどうやって建てたのか不思議に思うことがあります。



    栖鳳閣


     上の写真は栖鳳閣(せいほうかく)という貴賓室です。

     皇族の方が来山された際に必ずお通ししていましたお部屋でして、近年も平成15年に神宮祭主であられます池田厚子様が御来山されておりますが、地震により今はまだ外壁がぼろぼろになってしまったままです。

     



     有史以来、幾度もの困難を乗り越えて、尊い御神縁に結ばれた崇敬者の方々の篤いお力添えもあり、その品格を維持・向上してきた金華山ですが、この度の震災はなかなか容易ではなく、幾年もの年月がかかりそうです。


     ともあれ、巳歳御縁年大祭は間もなく、あと25日後位に始まります。


     
     今日は風が強くて寒さが厳しいものの、波はなぜかあまり立たない一日でした。



     


     

    冬の一日

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       2月20日、今日は巳の日・大安でお日柄は良かったのですが、例年この時期は(震災前より)来島者は少なく、10名の団体様がお参りに来られただけでした。

       
       大広間前石段周辺の修復作業は、上川氏・三上氏により着々と進められ、本日夕方には一段落して完成致しました。 





       
       
       午後より、今年10月27日に行われる巳歳御縁年大祭最終最大の神事である「式年柴燈大護摩祈願大祭・火渡り祭」の準備として、松喰い虫にやられた赤松の薪を割れるようにチェーンソウで切り、薪割り機近くまで運ぶ作業をまた少し進めます。

       



       
       不慣れなチェーンソウを震災以降のせいか慣れてきて長時間使っていると、昔テレビドラマであった「大草原の小さな家」のお父さんを思い出しました。

       金華山は「大海原の小さな島」いや、社(やしろ)でしょうか?

       




       朝は零下3度、昼過ぎから雪も少し降り、まだまだ季節は「冬」が続きます。

       
       寒い季節の間、自然のエネルギーが「増える」のが「ふゆ」、それが「はる(張る)」となって気が満ちるのが春、と説明されることがあります。

       
       氣が満ち満ちてくるのが待ち遠しい限りです。
       
             
           (明日はまた今日以上に寒いとか・・・)










      雑記

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          思えば昨年、11月8日静岡県神道青年会・神道青年近畿地区連絡協議会様が合同で50名ほどの復興支援活動を行った後、帰りの船の待ち時間に金華山桟橋付近でアザラシ(?)が海を泳いでいてかろうじて写真に収めたことがありました。

         下の写真の中央部分に頭だけが見えます。

         その後、このアザラシは時折桟橋に現れ、地盤沈下した桟橋の上で悠々と休んでいたこともしばしばあったそうです。

         金華山のアザラシはさしずめ「金ちゃん」でしょうか。

         最近また目撃情報を工事で来られている方から聞きました。



         

         今日19日は今年10月に行われる火渡り祭に必要な薪の準備を少し行いました。

         


         
         上川氏、三上氏のお二人は参拝来山者が少ないこの時と、大広間前石階段の修復・整備作業を終日行っています。

         

         朝、夜が明けるのが次第に早くなってきた今日この頃、まだまだ寒い日々が続いておりますが、夕方も暮れるのが次第に遅くなり、夕焼けもきれいでした。






         「春はあけぼの」と申しますが、金華山の夕焼けは、春に素晴らしくきれいなときがあります。

         
         この春、金華山で一晩泊られる「参籠(おこもり)」をされてはいかがでしょうか?

         
         巳歳御縁年の春はまた格別です。何もない環境なので、世俗のストレスが払われるでしょう。

         
         「神社に籠(こも)りたるも、をかし。」







        大祭1カ月前

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           遅ればせながら、1月31日「金華山巳歳御縁年大祭キャンペーン実行委員会」の記事が掲載された2月1日河北新報と石巻かほくの紙面です。





           
           これによると、3月には多摩市・京王ストア、池袋・宮城ふるさとプラザ、東京駅物産館にてキャラバンも予定されています。

           たまたま震災前より決まっていたことですが、4月より仙台・宮城デスティネーションキャンペーンが実地されるため、3月18日より行われる当社巳歳御縁年大祭はそれに直接期間が重なり、またさらに、5月3日「巳歳御縁年初巳大祭本祭」・5月5日「巳歳御縁年初巳大祭神輿渡御」は、たまたまゴールデンウイークに重なるため、混雑は予想かつ期待できます。

           


           大祭期間中、初公開されるいわゆる「弁財天絵馬」の原画は、昭和9年、熊耳耕年作によるもので、当時は著名者が来山されると芳名簿のようなものに画家の方には絵を描いて頂いた帳面があり、下の写真は、その昭和9年・熊耳耕年の手によるものです。

           




           
           やはり弁財天が端正に描かれ、おそらく自身の作による和歌が添えられています。

           同じ帳面には書もありますが絵が多く、画家の土井護嘉のもの等があります。

           
           金華山は古来弁財天信仰から、芸能に携わる著名人の来山・参拝も脈々と多く、近代では大正3年に詩人の土井晩翠の詩文が彫られた記念碑が鹿山公園に現存するほか、参集殿に何気に飾られております様々な方々の絵も多く掲げられております。

           吉田初三郎の金華山鳥瞰図、日下部鳴鶴の書などは貴賓室である「栖鳳閣(せいほうかく)」に展示されていましたが、こちらの部屋も地震の被害を受けております。(ご神宝はすべて無事でした。)


           (震災以降、余震が強いためしばらく額面の類はほとんどはずしていました。)





           

           本日18日は大祭一カ月前、頂上大海祇神社の修復請負業者である平有建築様が今日から泊りこみでまず資材運搬から始まり、社員も協力致しました。

           
           朝から、柴燈大護摩祈願大祭用の薪を作るため松の木を集める作業や、ガスボンベ運搬、拝殿前常夜燈の鈴の取り付けのための足場組み、そして山根漁業部様第八龍丸の協力による灯油等ドラム缶の運搬・佐川宅急便物出荷、など作業系の多い一日でした。






           

          祈年祭斎行さる

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             本日2月17日は祈年祭が斎行されました。

             「祈年祭(きねんさい)」は「としごいのまつり」と読むこともあり、その由来は極めて古く、11月の「新嘗祭(にいなめさい)」と対になるもので、金華山でも四大大祭の一つに数えられ今年も初めての「大祭」として奉仕されました。


             


             年の初めに年穀の豊穣、国力の充実を祈願しするのが「祈年祭」、その年の恵みに感謝するのが「新嘗祭」です。


             いわゆる「春祭り」「秋祭り」の起源は農業にあり、ゆえに旧暦で旧正月を祝うのも農業のサイクルの実情に暦が沿っているからで、少なくとも2千年、この伝統は神社・神道において続いているのです。

             (これはよく考えると驚くべきことです。)

             
             




             「年(とし)」という言葉自体が本来農業と関わりを持ち、「奥津御年(おきつみとせ)」という五穀豊穣を表すことばが、時間の単位を示すようになっていった、と語源が説明されることがあります。

             

             今年金華山の祈年祭の参列者はわずか11名でしたが、熱心に真心を捧げてお祈りして行かれました。





             金華山は古くよりそうした熱い(篤い)信仰の方々、様々な無数の御縁に導かれ、支えられて今日があります。
             


             
             さて、明日は18日、2月は28日までなので、いよいよ巳歳御縁年大祭に向けて1か月を切ることとなりました。


             頂上・大海祇神社の修復も、明日から業者の方が泊りこみで急ピッチで進むこととなり、蛇が冬眠から目覚めるかのように、12年ぶりの御開帳に大詰めを迎えることとなります。


             

             
             


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