御縁年大祭前々々夜

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     本日3月15日は、頂上大海祇神社遷座祭を執り行い、震災後社殿半壊のため御神代を祈祷殿に降ろしていものを本来の頂上奥の院に鎮座するお祭りを斎行致しました。

     また、御縁年大祭3日前に、大幟・小幟の装飾等を前もって完了致しました。








     津田海運による桟橋かさ上げ工事は着々と進み、2号桟橋はコの字型で囲む形で完了しており、後はこの中に砂利・セメント等を幾層も重ねて行く形となります。

     満潮時の桟橋の冠水対策もこれにより万全となります。(5月3日本祭までに完了する予定です。)





     頂上奥の院修復作業は基礎部分を最終的に執り行い、もはや完成します。





     これから間もなく執り行われる巳歳御縁年大祭は、3月17日午後4時に前夜祭が行われ、3月18日午前9時頂上大海祇神社例祭が斎行され、続けて正午には御本殿にて巳歳御縁年開扉大祭が斎行されます。

     この後続けてほぼ一年、10月31日まで行われますが、この期間中、毎朝午前6時半に開扉祭が斎行され、御祈祷の度ごとに御本殿御開帳の儀に御案内され、内陣の御簾が開いた状態で内玉垣での参拝が特別に許される習わしとなっております。


     また、本年は巳歳御縁年期間中として弁財天絵馬原画と弁財天大幟が大広間にてどなたでもご自由に拝観できるようになります。


     12年に一度の巳歳御縁年大祭、この機会にどうぞ当地を訪れ、ご参拝なされますようお待ちしております。




    御縁年大祭までの日々

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       3月11日、震災二年目を迎えると、金華山では早朝より震災復興祈願祭を小祭式にて執り行いました。
       午後2時46分、牡鹿防災無線の放送もあり、めいめいに黙祷を捧げます。

       あの日から早二年、復旧復興は金華山にしてもまだまだといった感はまぬがれません。



       去る3月12日、金華山には谷公一復興庁副大臣の来山・視察もありました。

       金華山の被害状況の視察ということでしたが、80分という短い滞在ながらも皆様歩いて参道を登り、有意義な時間が持てたようです。






       できる限りのことをする、というお話でしたが、神道政治連盟にも携わっておられるだけあって、精悍な印象の、頼りになる良い方であられました。




       
       名誉宮司のはからいにより、被災して家を失ったり津波浸水被害にあった巫女との話合いも持つ時間もとれました。





       
       亀山紘石巻市長も見えられ、震災後の良い交流が持てたようです。


       13日、東京都台東区・下谷神社宮司阿部明徳様御一行が見えられ、小型船一艘を神社に御奉納して下さいました。

       震災の津波により神社所有の「おとひめ2世」が流されてしまって以来、緊急時の神社船がないまま過ごしてまいりましたが、これによりいざ金華山を出航せざるを得ないときは活動が期待できます。


       神職によりお祓いも行いました。 新船名は「おとひめ3世」です。






       頂上大海祇神社修復が完了も間近の中、山頂8合目の山神社(やまじんじゃ)が春一番の暴風により転倒し、落下していることが確認されました。






       これを元の位置まで引き上げ、設置し直すことはまた一苦労の大変なことですが、大祭までにやらなければなりません。





       巳歳大祭は一筋縄では行かないものだ、とつくづく感じます。・・


       巳歳御縁年大祭の読み方の問い合わせもありますが、正しくは金華山黄金山神社・「みどしごえんねんたいさい」です。


       本年、3月18日から10月31日まで228日間行われます。
       (詳細は次項に譲ります。)

       
       残すところあと3日、いよいよ始まります。






      震災の意味

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         3月9日、今日は二度目の春の嵐で宮城県全域にも暴風警報が発令され、予定していた船はまたも欠航となってしまいました。

         ちょうど2年前には、この日にも大きな地震があり、あの3月11日につながって行きました。

         人間は意味を求める動物で、この度の東日本大震災の意味というものを、やはり考えてしまいます。

         あの震災の震源地は金華山沖で、当社は最も近い有人の島となってしまいました。

         もともと、宮城県沖地震は30年以内に99%の確率で来ると言われていたため、地震発生時は、「これか、」と瞬間的に思いましたが、あれほどまでとはまさに予想外でした。

          





         神道的なのか、日本人的なのか、荒天や災害のようなことがあった場合、よく言われる「知らず知らずのうちに犯してしまう罪・穢れ」があったがためにそのようなことが起きてしまった、と考えてしまいます。

         これは重いテーマです。

         
         先日お話しました、自然を中心として考え、自然災害と身体の病気の比喩が成り立つのであれば、災害が起こる前には何か「不摂生」なことがあったとも考えられます。

         
         (災害を病気に例えると、政治家は医者に通ずるべきところでしょうか?)


         病気になると人は健康の有難さを思い、健康になると病気のつらさは忘れがちになります。

         まさに「天災は忘れた頃に」やってきます。

         




         それでもなお、この震災に意味を見つけるとすれば、その経験を記憶・記録し、将来に役に立たせることができることがまず一つあります。


         金華山洋上の海は、地震の直後、津波が来る前に海は割れ、まるでモーゼの十戒のように牡鹿半島との海底が顕われたそうです。
         (このことにも意味はありそうです。)


         また、当時よく考えていたことが、「神様はその人が越えられる高さのハードルしか目の前に用意しない」、という出所は不確かですがスポーツ選手の言葉です。


         この度の震災は「越えられるハードル」になりうるでしょうか?いや、やはり越えられるものと信じます。


         その意味で、大きな被害を受けた沿岸部の方たちは、もともと自然と共生する強さを持っていたと思います。
         
         
         そしてもし復興がなされた暁には、やはり熱い御支援を頂いた他の地域の方々に恩返しをしなければなりません。


         震災によって失われたものも多くありますが、むしろ得たものも多くある気が致します。







         震災以降、様々な機関、数多くの方々に助けられ、励ましを頂いて、そして今日があります。


         それは無数の御神縁のつながりか、感謝の気持ちで一杯になるときがあります。


         
         それはこの世の修行の一環でしょうか、それがまた教えなのでしょうか。






         
         神様は目には見えないけれども、自然の摂理の中にもそのお姿を表しになられます。


         人間のはからいも自然の掌(たなごころ)の上でなされること、しかし、その人間の中にも神性は必ず備わっています。


         
         できることを、自然に従って、法(のり)のまにまに行うしかありません。

         
         必要なことは、大自然をまず何度でも感じることと思われます。







         
         

        御縁年大祭・雑記

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           下の写真は昨年の初巳大祭本祭のものですが、巳歳御縁年開扉大祭も形としては、殆ど同じものになると言えます。

           3月18日、正午から行われるのが開扉大祭、この日午前9時から頂上大海祇神社例祭が執り行われ、前日17日午後5時からは巳歳御縁年大祭前夜祭が斎行されます。

            
           前夜祭から参列されるためには参籠(おこもり)されなければなりません。
           




           そもそも神社の例祭日は、どうしてその日になされるのか、分からない神社がほとんどで、その神社に特に御縁のある日、すなわち神社創建の誕生日を当てる説がありますが、さだかではありません。

           考えてみれば不思議ですが、「例のお祭り」ということでなぜだか分からないけれどもその日にお祭りを執り行うことが今でも何処でも厳守されています。


           




           金華山頂上の奥の院祭典の日は3月18日ですが、暦上、これは例年お彼岸の入りの日に当たります。

           あえて意味づけするとすれば、昼と夜の長さが均等になる春分の日前後の、お彼岸入りと明けのうち特に「入り」を重視して、冬至に「一陽来復」が祈られるように、これから陽の気が盛んになり始める、ちょうど彼岸へ向かうその日が選ばれたということでしょうか。





           
           「暑さ寒さも彼岸まで」 ことわざ通り三寒四温で、春の暖かさは次第に増して行き、また日ごとに少しずつ朝明けるのが早くなり、夜暮れるのが遅くなって行きます。


           その緩やかで着実な自然の進行の速さにも驚きがあります。(毎年のことながら・・・)



           御開帳の春はもう間もなくそこまで来ております。




          初巳大祭のこと

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             震災関連のニュースが増え始め、当時のリアルな映像を見ると思い出し、大変なときのことを思うと涙がこぼれそうになりますが、先走って5月、初巳大祭のことをお伝えいたします。

             今年5月(巳の月)初巳大祭は、例年より初巳の日(今年は5月3日)より、始めて一週間斎行される習わしです。


             期間中の日曜日(今年は5月5日)には、盛大に神輿渡御も執り行われることになっています。


             今年の初巳大祭本祭は、巳歳御縁年大祭としても「本祭」の位置づけを担っています。



             昨年は牡鹿半島各浜の方々のご協力もあり、震災以降2年ぶりに御神輿を出すことができました。



             今年は稚児も含め威儀物(いぎもの)行列を省略しないで完全復旧の形で行う予定です。




             


             5月になると境内には桜が満開になっています。

             ソメイヨシノは4月下旬が見ごろで、八重桜は5月上旬が見ごろです。






             来る巳歳御縁年開扉大祭においても、巫女の弥栄舞が執り行われますが、5月初巳大祭本祭においてもやはり弥栄舞が榊・鈴の舞として奉納されます。






             
             桜咲く頃の金華山は、震災前の近年まで、桜の病気も少なく、松の松喰い虫の被害もなく、それはまるでまさに桃源郷のようでした。

             




             今なお、その片鱗は感じられることと思います。

             上の写真は昨年4月に来山された日本を美しくする会ボランティア様御一行の中の渡邊翔一様により撮影されたものです。


             鹿と桜、そして海が同時に見られるのは金華山くらいのものではないでしょうか?


             この春、御開帳の巳歳大祭(3月18日〜)には、より多くの方々がこの地を訪れ、ご参拝なさることを願っております。





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