山梨県神道青年会支援活動

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     2月26日、27日と一泊2日で山梨県神道青年会様7名と千葉県神道青年会様会長1名が合同で金華山復興支援活動に来山下さいました。

      



     26日朝9時発シードリームにて到着し、正式参拝を行い、早速作業に取り掛かりましたが、今回の作業は頂上の大海祇(おおわだつみ)神社「資材運搬作業」というまたしても大変なものです。






     山頂付近はまだ雪の残る中、柱・壁等の主に木材を山頂まで運びます。

     雪山と大海原の絶景に、赤い「神青協」の活動用ベストは日の丸の力を連想し、映えていました。







     頂上奥の院に着くとお参りを致し、復興を始めめいめいの思いを祈願を致します。





     無双峰(むそうほう)の絶景ポイントでは良い記念写真が撮れました。






     登頂は何度も続けられ、二日間計4回登る予定です。

     夜は当社神職ともになごやかに懇親を深めました。

     
     足腰が鍛えられますが、すでに痛みが・・   
     
     復旧復興は一筋縄では行かず、なかなか苛酷です・・





     そんな中、着々と作業を続けておられる福井県ボランティア上川氏は、御神輿の修復作業を進め、夕方下山されました。その熱意の持続に、頭が下がります。





     26日、夕方は穏やかな天候に恵まれ、海上はべた凪、夕焼けもきれいで日中も暖かくなり、春の訪れがそこまでやって来ているのを実感しております。








    震災前の話2

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        現在は震災により大潔斎場(お風呂場)・ボイラー室が半壊状態となっており、仮復旧した、神職が祭典前に潔斎に使用していた小潔斎場を、男女交代制で、参籠の方にも使用頂いておりますが、それ以前は男女別で2,30人がいっぺんに入れる大きめのお風呂がありました。





       小潔斎場では最大4名くらいで入っておりますが、社員のみのときは三日にいっぺん湯船をつくり、それ以外はシャワーのみで辛抱しております。

       このお風呂場の復旧工事は今年4月から始まるようです。






       上の写真は金華山島内の名勝地、「千畳敷」と呼ばれる場所です。

       畳千畳を並べたかのような大きな岩肌が露呈しており、島の東側に位置していて、雄大な景観が楽しめます。


       震災前は、この近くまで海側沿いに道路があり車で3、40分ほどで行けましたが、今は津波により海側の道路は通れなくなっており、この場所に行くためには山頂を登る山越えのルートをたどるしかありません。

       金華山灯台までの道が復旧するのは、少なくとも陸地の震災被害個所の道路工事が全部終わってから、後の後になることは目に見えています。

       
       
       3.11の震災以降、金華山島内のガレキ撤去が初めて始まったのが同年10月末でしたでしょうか(ちょうど皮肉にも台風15号の山津波被害も含めて桟橋付近の土砂・ガレキは撤去されました。)、住民がいるとはいえ、「観光地」としてしか捉えられないため、後回しになってしまうのは覚悟の上でした。






       本日はお参りの方も若干来られましたが、終日恵比須・大黒尊像前の石灯篭復旧作業に上川氏・三上氏とともに励みました。


       港湾工事によって桟橋が一本完成するのが5月、参道の崩落個所復旧には目処が立っておらず、資材運搬・工事車両の到着もままならない中、こうして人力にて少しずつ修復させて行くしかない、金華山の現状です。・・



       


      雑記2

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         ちょうど震災前、巳歳に向けて神社用デジカメを新しく買い替えたばかりで、撮った写真をいたずらして加工したものが下の中門彫刻の写真です。
         
         (神社用デジカメは作業中の写真などの酷使に耐えきれず、また故障してしまいました。・・・)

         
         中門のみならず金華山神社社殿の彫刻はこうして見るとやはり素晴らしいものがあります。






         この中門が開き、巳歳御縁年大祭においては毎朝開扉祭が斎行されます。


         



         
         また,ちょうど震災前、平成22年のJR主体のDCに次ぐ「伊達な旅キャンペーン」では、大広間に幕末の思想家・藤田東湖の直筆の屏風漢詩を、吉田初三郎「金華山鳥瞰図」とともに展示したこともありました。







         一方現在、平有建築様の連日の宿泊・工事により、頂上大海祇神社修復作業は、順調に進められております。







         上川氏・三上氏のボランティア境内修復作業は次々と進み、、本日は恵比須・大黒尊像前の石灯籠修復の段取りを行いました。


         連日少しずつ進めています火渡り祭のための薪割り作業も、社員によりまた少し行いました。


         
         今日は暴風警報発令のため海上は時化で、朝は雪がうっすらと積もり、風の厳しい寒い一日となりました。


         時間が矢のように過ぎて行きます。




        詩人のこと

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           先日取り上げました土井晩翠石碑の写真です。

           昭和28年建立のもので、当時この詩碑の除幕式には各界の関係者500名が参列されたとのことです。



           

           詩文は、
                あゝ金華山 千載の   昔に聞きし黄金は
                今その胸に空しとも
                霊境永く霊ありて    無声の教え登臨の
                子にとこしえに施すか
                感謝を受けよ 名山の
                鎮まるところ  東海の
                この邦永く 愛すべく
                この民永く 頼むべし

             というものです。
           
               




            昭和八年、アララギ派の歌人島木赤彦が金華山に来られた際には、

              ささやかなる島に来たりけり 波の音 四方(よも)をめぐりてさわぐ日のくれ

            と詠んでおり、
            
            
            北原白秋が北海道・樺太旅行途中には

              潮のいろ深むを見ればみちのくの金華山に今かかるらし

            と詠んでおります。

            昔、金華山には文人の来遊も多く、田山花袋、石原純、荻原井泉水、また意外なところでは日本郵便の父・前島密などがこの地を訪れています。

           





           昭和初期の金華山鳥瞰図を見ると、今の時代とほとんど変わらない境内配置図であったことが分かります。

           参詣のための参道、また牡鹿半島陸地の道路、金華山航路に時代の変遷は大きく影響しておりますが・・・。

           (それでも県道2号線(石巻ー鮎川線)がかように整備されたのは、時代の交通状況に伴い、「金華山道」として参詣者が必要とされたからでもあります。)





           
           今日は10月の火渡り祭のための薪割り作業に一段落がつき、大広間前階段周辺改修を終えた上川氏・三上氏も山頂に登り、昨年11月頃完成した護摩壇の様子と奥の院大海祇神社の復旧工事状況を見に行かれました。






           
           間もなく1週間後には、もはや5月初巳大祭の実行委員会最終打ち合わせ会議を控えており、3月を迎えると一気にことが進みそうな予感がしています。


           
           明日天候は荒れ模様で、船の渡航は難しそうですが、やがて春になると潮の様子も変わり、御開帳の扉は今まさに開けられようとするでしょう。


           
           巳歳御縁年大祭、間もなく始まります。


           
           

          震災前の話

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             思い起こせば震災前の平成20年7月、金華山で白い鹿が誕生したと話題になったことがありました。

             同年の9月27日に毎日新聞に掲載され、テレビでも放映になりましたが、学者の方の説によるとアルビノではないということから、やがて茶色くなって行くであろうと解説されていました。


             翌年1月1日付けの社報「金華山」の表紙に、当時帝京科学大学・関さんの撮影した白鹿の写真が取り上げられています。


            白鹿

             白い鹿の出現は瑞兆(めでたいこと)として古来より伝説があり、社報・編集後記でもそのことに触れていましたが、はたして世界は良くなったのでしょうか?

             今はこの鹿も茶色くなって普通の鹿と混ざり区別できないかもしれません。






             震災前は随神門前のここに大きな石鳥居がありました。

             昔の人はこうしたものをどうやって建てたのか不思議に思うことがあります。



            栖鳳閣


             上の写真は栖鳳閣(せいほうかく)という貴賓室です。

             皇族の方が来山された際に必ずお通ししていましたお部屋でして、近年も平成15年に神宮祭主であられます池田厚子様が御来山されておりますが、地震により今はまだ外壁がぼろぼろになってしまったままです。

             



             有史以来、幾度もの困難を乗り越えて、尊い御神縁に結ばれた崇敬者の方々の篤いお力添えもあり、その品格を維持・向上してきた金華山ですが、この度の震災はなかなか容易ではなく、幾年もの年月がかかりそうです。


             ともあれ、巳歳御縁年大祭は間もなく、あと25日後位に始まります。


             
             今日は風が強くて寒さが厳しいものの、波はなぜかあまり立たない一日でした。



             


             


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