それぞれ、震災後からずーっと継続されております団体様で、震災後7年を経ても未だ復旧もままならない金華山において、公的な支援が得られにくい宗教法人であるため、ボランティア様の活動は本当に有難く、継続されておられますことに、敬神の念に近い、感謝と感激、感動と尊敬の念があります。
忘れてはならない、福井県から単独でボランティア作業に従事されております上川さんの存在もあり、この日も滞在しておられましたため、上川さん主導の祈祷殿脇石灯籠の組み直し作業、金ぐい神社近くの石垣修復作業に、主に東松山チームが就かれ、this is a penチームと合同で、メインとなる表参道修復作業もかなりのところまで進めることが出来ました。!
表参道は降り口、登り切ったところに平成25年の巳歳御縁年大祭で奉納された狛犬が鎮座しております。
かつて(震災前)大祭の祭典では、ここに大幟を上げ、参道には小幟を飾り、初巳の御神輿もこちらを通ったものでした。
表参道修復にあたっては、何度も試行錯誤を重ねた上で、芝生を植えて行く試みに挑戦しており、ボーダーライン状に芝生を敷いて行くことで、雨の排水もとれ、根付けばやがて一面が芝生に覆われることとなります。
金華山の芝は、島の固有種で、ノシバとも言われ、いわば「金華芝」、塩害に強いということで京都の桂高校様も研究に訪れ、津波被災地の沿岸部各地にも植樹されている特別ものです。
その強さは、海であり山である金華山と、神話かのように神鹿が棲む鹿の食性との環境の中で培われてきたものに違いありません。
その強さが、ここでも試されることとなりました。
秋の台風、大雨にも何とか持ってほしいものです。
作業は、まず側溝を整備し、足りない土を入れて道路の勾配をとり、固めた上で芝生を並べ、さらに割り箸で芝生が動かないように固定する手順で、手際よく進められて行きました。
確か、2年前位のクラウドファンディング企画で、ここが最終目標とされていました。
それが念願叶って、ここまで来れています。
芝生が次々と敷かれていく様は、まるで夢を見ているかのようでした。
復旧復興の、遠かった夢も、いつか実現する時が来るのだ、と実感できた時でした。
しかし、時間の制約もあり、表参道約250メートルの半分を越えても、完成まで至ることは出来ませんでした。
それでもなお、この営みは今後とも続けられ、やがて完成の日の目を見る時が必ずやってくるものと、確信が持てます。
当初はこの赤鳥居の傾きを直したり、色を塗り直したりで止まっていました。
ここに至る開運橋という太鼓橋の、地震で崩れた石垣の補強が完了したからこそ、初めてこちらにようやく手を入れることが出来た経緯もありました。
復旧復興は、一日にしては成らず、いつでも、常に一歩一歩です。
でも今回は、極めて大きな一歩をまた進めることが出来ました。
いったいいつから、金華山は被害と復旧の歴史を繰り返してきたことでしょうか。
海に囲まれ、山の秀麗な形からそれはまさしくご神体山として崇められ、そしてそこに社殿が建てられ、厳しい自然環境の中でそれを桃源郷のように維持していくことは並たいていのことではなく、これまでの歴史の中でも、幾度もの困難は必ずあったはずです。
あの震災は、自然の厳しさを、凄まじい強さを、見せつけられたとともに、その物凄い強大な力の中でしか、私たちは生きられないことを否が応にも実感させられたことが、ほとんど唯一無二の教訓と考えます。
人間は学習します。辛い、痛い目に遭ってこそ、それを乗り越える術を身につけ、いつもの平和な日常を作り出します。
豊かな未来というものは、時間を越えて想像することが出来、こうすればこうなる、と幾らかでも読む力が人間に備わっているので、それを発揮することで、初めて可能となることです。
金華山は、以前、「南三陸金華山国定公園」でした。
それがいつの間にか、金華山の文字は消され、大きく「三陸復興国立公園」となりました。
この、「復興」の文字を冠された限りは、いち早く復興を成し遂げなければならないところですが、未だ多くの障害(ハードル)もあります。
後世に、この素晴らしい自然と信仰を、いかにして残せるか、ご来山頂きました方々がその良さを感じて頂き、神社職員のみならず多くの支援の輪が広がって行くことを、他力本願ではありますが、期待いたします。
そして復興と風化について、いわゆる震災の風化は、しかるべきして起きざるを得ないことと思います。
雨で道路の汚れが流されるように、自然の時間の流れの中で、自然のままに、きれいになったり、朽ち落ちたり、年季が入ったり、人体の傷が癒えて行くように、それはむしろ必要なこととも思えます。
傷は傷として残っても、そのときの記憶は残り、どうすればそうした傷を負わないで済むか、と考えるのが人間の営みです。
でも、往々にして人は忘れてしまいます。
それはでも日常を平和に過ごすためには、むしろ必要なことでもあるのです。
それでも、記録は、残さなくてはなりません。そうした記録を読み解くことで、人類はいくらか進歩してきたことでしょう。
かつて、伊勢湾台風の被害があった時に、東北人が助けたという記憶が口伝で伝承されて、東北の災害時に恩返しで助けて頂いた話もありました。
日本人は、そうした、同朋をいたわる、世界に誇れる民族です。
ボランティアさんたちの行動に、震災後、多くのことを学ばさせていただきました。
風化は必然、やむを得ないものですが、たとえば道路が、作られる過程に様々な工事の現場があったように、様々な現場の苦労があったはずです。
当たり前のものとして私たちは道路を通りますが、それはあくまでも人工物であり、利便をはかろうとして計画され、出来上がったものです。
そのまた昔、道路もままならない時代のことを思うと、先人たちの営みに感謝せざるをえず、あらためてそこでも自然との闘い、もしくは共生の考えが染みわたっていることを感じさせられます。
とにかくも、金華山の復旧復興は順調に未だ進められております。
震災7年、10年目で国の復興予算は終わり、後は自治体に委ねられ、めいめいで何とかして行くしかない状況です。
平成も31年で終わり、新しい元号がやがてやってまいります。
そのときこそ、本当の復興の姿を、お見せできましたら幸いこの上ないことです。
ちなみに、 鮎川港の港湾整備、ホエールランド等、船待合所お土産スペース一体型の建物が完了するのは、来年度の予定です。・・・
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午前9時、小渕浜実業団の皆さまによる獅子舞が大広間前にて奉納され、引き続き鮎川七福神舞保存会による七福神舞の奉納も賑やかになされました。
(震災以降、震災前と変わらず皆さま技術を保っておられる姿にいつも感涙です)
午前10時、平成30年初巳大祭神輿渡御・神霊代神輿奉遷祭が石の間にて斎行され、遷霊の儀が執り行われて、引き続き拝殿前にて神輿発輿祭が行われると、神輿渡御委員長の一本締めにより、いよいよ御神輿が動き始めます。
御神輿行列は道中祓いを先頭に、約100名が整列して、随神門脇の鐘楼の鐘が鳴らされる中、石階段を降り、大広間・旧売店前を御神輿が練り歩いてから長い参道をまた整列して降り始めます。
本年は特に、参道が今年ようやく完成したところから、震災後7年にして初めて稚児行列が桟橋まで下がるということとなりました経緯がありました。
復旧復興は、常に一歩ずつ、少しずつ、緩やかな時間の流れの中で、この僻地においても着実に歩んで、進んで来ているのです。
(本来は表参道を御神輿が通るのが習わしでした。今年、この日までの復旧は間に合いませんでしたが、来年にはもしかしたら、表参道を、震災後初めて御神輿と行列が渡れる日がやって来るかもしれません)
牡鹿半島各浜の皆さまのご協力によって、こうした神輿渡御も成り立って、実現可能となっております。
津波で被災された皆さまであっても、金華山の御神輿に関しては常に格別のご協力を頂き、宮司がよく「金華山を復興させることがここを心の拠り所とされている皆さまの励みになれば」と思って復旧復興へ努めていると言わくゆえんです。
金華山の海、そして山、そして神振り行事の御神輿行列は実に盛大な、一年に一度の厳粛な、賑わいの祭典です。
昨年8月、参道が石巻市に譲渡されて以来、復旧工事が進んだ上で、震災後、長年の悲願の完成の日の目を見たと思いきや、同年10月の台風被害で再び工事のやり直しとなってから、再度また再建された参道です。
自然災害が特に大きい昨今、対策と知恵を重ねて災害に強い道路づくりをして頂きました。
参道は、今や市道ですが、参拝者の通られる道であるため車の通行も不便なく行われ、また神社への物資のルートの確保にもなっております。
御神輿に乗られた神さまは、じっくりとこの新しく出来た参道を噛みしめて踏み歩きお乗せられ、お喜びになられたことでしょう。
諸々皆さまのおかげさまで、この日は全くの晴天でした。
初巳大祭・神輿渡御神事は、正午、桟橋御旅所において神輿御旅所祭が斎行され、その中で海潮祓いの特殊神事も行われて終了し、再び七福神舞の奉納も行われて、諸員昼食を食した後、行在所の休憩も経て一気にまた拝殿まで上がり始めます。
午後1時15分、拝殿にて神輿還幸祭が執り行われて、無事万端恙無く神輿渡御神事は終えました。
そして明くる5月7日午後3時、初巳大祭閉扉祭が拝殿にて当社独自の弥栄舞・琴の神楽奉納の上執り行われ、本年4月30日初巳大祭前夜祭から始まりました平成30年初巳大祭の一切の祭典諸神事を万端滞りなく終えることができました。
これらの祭典に関して、ご協力、ご奮闘頂きました、近隣含め関係者の皆さまに深謝申し上げますとともに、ご来山頂きました皆さま、またご遠方よりご支援頂いております皆さま、そして目に見えないご縁とつながりと、この祭典が恙無く行われたことを、誰よりも喜んでいらっしゃる神さまに、深く感謝申し上げます。
おかげさまでございました。
皆さま、有難うございました。
(御神輿、初巳を終えると、一気にまた境内が静かになるところが、まだまだ震災後、復興へは端緒についたばかりと感じざるを得ませんが・・・ 初巳の最重要神事を恙無く終えることができましたので、まずは安泰と、安堵しております。)
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5月1日本祭は無事盛大に終え、続く二日目も平日でも参拝者は多く訪れ、しかし5月3日だけは荒天のため全便欠航となってしまい、ご予約を頂いておりましたご参籠者の方々のみならずご参拝ご予定されておりました方々にご迷惑をおかけしてしまいました。
本日、5月4日中日、天候は雨のち晴れ、多くのご来山者がおられました。
ボランティアでVCを支援する会・押切様の後を継がれた東京都・初瀬保様チームもボランティアでご来山、見参いたし、巫女役として活躍されております。
風の旅行社他企画、金華山鹿角(ろっかく)プロジェクトの皆さまもご来山、見参頂き、この時期に落ちる鹿の角を拾って加工品を作る試みをして下さっています。
明日は初巳大祭第5日目の開扉祭が、午前6時半より御本殿石の間にて執り行われ、そしていよいよ明後日・日曜日の神輿渡御を迎える運びとなっております。
交響曲第四楽章で言うと、今はまだ第二楽章に当たるでしょうか、これから盛大な盛り上がりを見せ、フィナーレを迎えるのが初巳大祭です。
ご参拝の方々も、家族連れも多く和気藹々、賑やかにご参拝されているお姿を拝見しますと、金華山の復興も進んできていると感じ入ります。
船便が平日少ないために、完全な復興にはまだまだほど遠いですが、連休中、休日中だけでも、復興したかのような賑わいが見せられるのが感涙です。
拝殿は祭典用に装飾され、ご祈祷を受けられた方は全員、御本殿御開帳の儀にご案内される習わしなのが初巳大祭です。
そして御本殿御開帳の儀では、お正月七朝祭と違って、御本殿内陣の御簾も開けられるのが初巳大祭の醍醐味ですので、ご利益もさぞかし倍増かと思われます。
弁財天のお使いが巳であるところから、古くから行われているこの初巳大祭です。
そして、5月6日、日曜日には神輿渡御が斎行されます。
この日はまた一日中お祭りムードが否が応にも最高潮に高まりますので、是非とも近隣の皆さまお誘いあわせの上ご来山下さいますようご案内申し上げます。
船便は、鮎川・女川両港ともに増便される予定です。
詳しくは各船会社にお問い合わせ願います。
一年に一度の大祭典、是非とも盛大に盛り上がって頂きたいと願うばかりです。
八重桜は例年より極めて早く散ってしまいましたが、新緑の候、初巳大祭期間中の、神遊びに是非金華山にご来山下さいますよう、
ご案内申し上げます。
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弁財天に古くから由縁ある当社の、最重要儀の祭典です。
5月1日から7日まで、初巳大祭は一週間行われ、毎朝、雅楽の奏でる中、開扉祭が執り行われて、期間中のご祈祷を受けられました方全員が御本殿御開帳の儀にご案内されます習わしです。
今年は、桜が異様に早く咲いて、八重桜もすでに散り始めという異様な気象です。
写真は昨年のものです。
参道脇ヤマザクラがきれいに咲いています。
初巳大祭本祭は御本殿・石の間にて執り行われ、期間中日曜日の、5月6日には神輿渡御が行われます。
一年に一度の神さまのお出まし、桟橋まで神輿は下がり海潮祓いの特殊神事が行われます。
牡鹿半島各浜の皆様に、神輿渡御にご協力頂き、今年は、やっと昨年参道が完成しましたので、震災後初めて、稚児行列も桟橋まで下がる予定となっております。
震災7年、参道が完成するまでにも紆余曲折があり、ようやく日の目を見ることが出来ています。
金華山の海と自然、神輿と信仰、などを併せて想うと、この地域に、古くから大事に大事にされてきたものだと分かります。
震災7年、他の地域よりずっと遅れ、復興はまだやっと端緒についたばかりですが、一年に一度のこの盛大な大祭を、是非間近で味わって頂きたいものと存じます。
ゴールデンウィーク中、鮎川・女川両港ともに船便は増便されます。
詳しくは船会社にお問い合わせください。
金華山の1300年以上の伝統、初巳大祭が間もなく幕を開けようとしています。
たまたまゴールデンウィークとも重なり、ご家族皆さま近隣お誘いあわせの上、この良い季節に、どうぞ皆さま奮ってご参拝下さいますよう、ご案内申し上げます。
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現在、ソメイヨシノはすでに散り始め、石鳥居脇仙台枝垂れ桜がかろうじて見頃、受付脇他ヤマザクラや八重桜は後から来るのが常です。
ゴールデンウィーク、5月1日の初巳大祭本祭には八重桜が咲くころでしょうか?
5月1日から始まる初巳大祭は一週間斎行されますが、その中の日曜日、5月6日には神輿渡御が行われます。
その準備として御神輿を洗い、清掃する作業から行いました。
初巳大祭は神気溢れる重要な大祭です。
漆塗りの部分に潤滑油を撫でこむことで本来の輝きが増して行きます。
平成23年の山津波で被害に遭った表参道も、震災7年、ここに来てようやく復旧の体をなしてきました。
まだ不十分ですが、ご参拝者の方々が歩いて登る分には、十分な道となっております。
復旧は常に一歩一歩、歩んで行きます。
道路は、それが崩れたときは、大変な思いをしますが、直ってしまうとあたかもそれが当然で当たり前かのように通行し、捉えられます。
趣ある、綺麗な表参道を、早く完成させたいものです。
金華山は春の観光シーズンに入り、今週の土日(21日、22日)は天候も良く、そして来る4月30日前夜祭から始まる5月1日初巳大祭に向けて、準備が整えられて行きます。
「神遊び」、というわけでもありませんが、この良い季節に、是非「霊島」金華山にお参り頂き、霊山の霊気を頂いて、日頃の日常生活にお役立ち頂きましたら幸いでございます。
春たけなわ、そして金華山は最重要儀の祭典にやがて入って行きます。・・・
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去る1月吉日、東京都、?銀座・トマト様に祈祷殿内の真榊一対をご奉納頂きました。
3月になり、ようやく現物が出来上がって到着し、祈祷殿内にはすでに飾られております。
様々な多方面の篤志者のご奉納によって、神社調度備品は整えられていきます。・・・
金華山の鹿も、この暖かさで芝生が芽吹き始め、飢えに苦しむことからはようやく完全に解放され、時間帯によって場所を移動し、一生懸命毎日芝生の新芽を食べております。
金華山の桜は、例年仙台より2週間は遅れて咲くのが通常です。
今年、全国的に桜の開花は早く、東京ではすでに満開を終え、仙台では開花から今週末から来週にかけて見頃のようです。
金華山の桜はいまだまだつぼみから2分、3分咲き、土日で言えばおそらく14、15日か、21、22日辺りが見頃になるかと思われます。
今年、初巳大祭も例年より早いのですが、桜も何故かそれに合わせたかのように極めて早くなっております。・・・
表参道の修復を、ボランティアさんの熱意を起動力・原動力として、神社職員で進めております。
この場所は震災の年の9月の山津波によってすっかり流されて以来、修復のためにまず重機やダンプが通れるために、橋を直すことから始まって、震災7年、ようやく念願かなってこの進捗状況に手を付けられている現状です。
ここまで来るためにも、実に紆余曲折、様々な苦労がありました。・・
歴史深い金華山の、表参道を元のように修復しようという試みは、一筋縄では行かず、自然災害にも強く、参拝者が自然を楽しんで通れる趣ある道としなくてはなりません。
未だ埋め立ては途中ですので、ご来山・ご参拝の際にはご注意願います。
いったいいつから、金華山信仰は始まっているのか、たまに思うことですが、それは人類がこの周辺の地域に住み始め、この秀麗な山をご神体として崇めたことから始まっているという気がいたします。
(それは不可侵な思いです・・)
この島の、自然と信仰は、仮に世界遺産までは残念ながらいかないとしても、日本の遺産には必ず数えられるべきものでありまして、豊かな土壌を、四季を通じて巡り合える豊かな自然の姿を、是非日本全国各地の方々に、ご堪能頂きましたら、幸いこの上ないことと存じます。
黄金山神社、年間最も最重要儀の5月初巳大祭は、今年、暦上最も早く、5月1日に本祭が行われますので、何卒ご注意願います。
卯月、春の暖かさとともに、シーズンがやってまいりました。
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そしてほぼ一年かけて上げた足場資材等を今度は下す作業が待っており、3月16日、ご参籠された石巻山の会様や3月17日、18日一泊二日で来山されましたボランティアのthis is a pen 様、東松山チーム様総勢21名の皆さまに多大なご協力を頂き、祭典前日3月17日には、無事すべての資材を下げることができました。
金華山頂上まで445m、時間にしては片道一時間はかかる道のりを、資材の単管パイプ4m二本などを持って(しかも背負子に荷物を背負って)そのうえ二往復も三往復もされた姿には体力・精神力ともに敬服でした。
山道を歩くその姿は修験者の再現でした。
おかげさまを持ちまして3月18日は好天に恵まれ、残念ながら祭典の写真を撮ることは出来ませんでしたが、28名の参列のもと、無事滞りなく平成30年大海祇神社例祭は執り行われました。
春のお彼岸の入りの日であるこの日から、金華山は蛇が冬眠から目覚めるかのように、例年シーズンへと入って行きます。
そして震災7年を経た今でも、復旧作業は継続されます。
目下の課題は表参道修復で、土を埋め立て、それをならした上で固め、周辺の側溝を補修し、埋め立ては道路中央部分を高めにして勾配をとり、さらにその上に芝生を植樹し、芝生も動かないように細い木を打ち込み固定する、という工程で進んで行きます。
前回の作業は参道入り口から鳥居まででしたが、今回はさらにそれを伸ばし、もう少しで半分まで届こうとしております。
頂上作業を終えた上でのご奉仕、誠にお疲れ様でございました。
芝は、金華山固有種のノシバ(塩害にも強い金華芝)を、面積を考えてボーダーラインに階段状に敷くことにいたしました。
手作りの参道は、古来神社が参道には玉砂利など敷いて神さまにお会いするための気持ちを高めて行くための大事な過程として役割を果たしていたように、思いが詰められた素晴らしい道です。
作業直後の現在はこの状態を維持できておりますが、さらに先の上の埋め立てのために車が通ったり、雨が降ったりで芝生が変形しないように注意を払います。
表参道は約200mほどしかありませんが、10m、20mずつ進めて、やがてゴールに達成したい思惑と夢があります。
かつて大祭時にはこの表参道にも終点階段付近に大幟を立てて参拝者を迎えいれたものでした。
最後の石段を見ていると、悠久の歴史を感じ、また道中の杉の樹齢数百年の大木を見ていると、これから先も金華山は縄文杉のようにますます立派な木が育って行くことを感じます。
高齢の樹木は現代の我々のはるかに昔から眺めてこられた先輩であり、その長い命の力には、存在だけで英知を感じさせられます。
表参道修復、どこまで進むか、芝生の植樹時期は暖かい気候に誘われて、もうすぐまさに旬を迎えようとしております。・・・
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表参道修復が今回のメインでしたが、他に絵馬殿修復の仕上げ、頂上大海祇神社修復のための段取り、金光水参道の整備なども行うことが出来ました。
表参道は、震災の年の9月21日の山津波被害によりアスファルトが完全に流されてより、幾度かの整備はしておりますが、昨年10月23日の台風被害によりまた修復した個所が流されたりして、困難を極めております。そのため、この度は完全に修復する意気込みで土を固めた上に芝生を植樹しようという計画で行きました。
下の写真は修復前、ビフォーの状態です。
未だ悲壮感がどうしても漂ってしまいます。
そこへ参道修復工事で出た黄土色の土を敷き、山神組様にお借りしましたランマーで地面をならし、側溝も開通させて道路中央が勾配がとれて仮に水がながれても側溝に落ちるように設計し、その上に土が流れないように芝生を植えて行く段取りの行程です。
芝生は近くのかつて鶴が丘公園と呼ばれた場所からふんだんに植樹させて頂きました。
大きめの重機が未だ修理途中であるため、ミニユンボと軽トラックで土をピストンで運びました。
(ダンプ・重機が使えれば、もっと速く進んだことが悔やまれます)
それでも、作業は順調に進み、一日目で土の埋め立ては終わり、芝生の植樹を残すばかりとなりました。
芝生を植えなくても綺麗な道となりましたが、大雨などの水でまた流されてしまうことを危惧して、その上にやはり雨に強い(実は塩害にも強い固有種の)芝生(ノシバ、「金華芝」)を根付かせて参道を整備して行こうという計画です。
しかしこの芝生の植樹はその面積をそのまま移動する訳で、これは想像以上に大変な作業となりました。
鶴が丘公園は上空から見るとナスカの地上絵のような状態となりました。
それでも皆さま奮闘頂いて下さいました。
そして二日目、日曜日のお昼頃までには、目標の赤鳥居までの芝生の道が完成の日の目を見せ、後はコツコツト仕上げをして行くばかりとまでなります。
参拝者の方々は遠慮されて芝生の道を歩きたがらなかったご様子でしたが、これがこれからの道として、どんどん広げて、伸ばして行く道です。
果てしない作業ですが、工夫を重ねて、何とか完了させます。
今はまだ2月ですので、芝生も芽生える時期はまだあと一カ月はあります。
植物の生育も考えると、埋め立てを重ねて行き、4月、5月にはまたあらたな展開が待っているのではないでしょうか。
とにかくも、ここまで苦労されて見事埋め立てを完了されたボランティアの皆さまに感謝感激します。
復旧復興はいつでも一歩一歩、進むしかありませんが、この一歩はまた大きな一歩でありまして、灯された熱い情熱を、絶やすことなく進めさせて頂きます。
有難うございました。! またお疲れ様でございました。!
ご参拝者の皆さま方は、是非この出来立ての参道を不自由なく歩いてご参拝下さいませ。
参道アスファルト工事も期せずして完成まであと一息まで来ており、4月、5月のシーズンを迎える準備が、急ピッチで進まれています。・・・・・
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もともとは海上安全と先祖供養を祈ったものとして全国の各地の海上要地に建てられたもので、函館、佐渡島など6か所あるうちの一つが金華山です。
江戸時代のことです。
今や「子が安々と授かる」「子が安々と産まれる」「子が安々と育つ」という意味で、子安地蔵さまは多くの方から拝まれています。
その鎮座場所が分かりにくいとのことでしたので、このたび看板を新しく二枚新調して建てました。
これで分かりやすくなったかと思います。
今日は2月24日、明日の25日と一泊二日で、またしてボランティアでthis is a pen 様と東松山チームの合同で、復旧作業が進められております。
今回のメインはかねてからの懸案であった表参道にとうとうまた本格的に取り掛かり始めることが出来ました。
下の写真はまだビフォーの状態ですが、これがどう変化して、修復されていくか、お楽しみです。・・・
ローマは一日にして成らず、表参道の復旧も一日にしては成りませんが、ここは大事なところでもありますので、必ずしや成し遂げて行きたいところです。・・・
計21名の方々がご来山頂きました。!
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旧正月七朝祭は2月22日まで斎行されます。
旧正月元旦の日の2月16日は各地から崇敬者が訪れられ、境内は盛況となりました。
そして17日、祈年祭は、鮎川便が欠航とあって、残念でしたが、女川便は運航され、今年最初の大祭を恙無く終えることが出来ました。
写真は、ボランティアで来られておりましたVCを支援する会・押切さまの意志を継がれた、同じくボランティアで来られております初瀬保さまによるものです。
スタッフに徹するボランティアの精神はいつでもどの場面でも多大に生かされ、有難く、その知恵と行動力で様々なことが助かって行きます。
祈年祭は拝殿・石の間にて祭場が舗設されて、御本殿にて執り行われました。
浦安の舞が奉納されます。
祈年祭は、「としごいのまつり」とも読み、その年一年の農作物の豊作を祈願して行われたのが古い起源です。
「とし」という言葉自体、元来「稲」を意味し(一年は一回の稲の生育)、古来稲の出来栄えが生死にかかわる重要事であったため、このお祭りは秋に収穫を感謝して奉仕される新嘗祭と対をなして、わが国の非常に古くから、また極めて重要な意味を持って行われてきたお祭りなのです。
それゆえ、「大祭」として奉仕されます。
この度は、旧正月の暦とも重なり、五穀豊穣はより強く願われたことと思われます。
そして一年の始まりの大祭は、今年一年の活力・国力を祈る意味も重ねられて、変化してきてもいます。
よく神主は背中で語る、と教わられてきました。
真摯な祈りこそが神社の本分と本業です。
そして平成30年祈年祭は、無事滞りなく終えました。
期せずして、ピョンチャンオリンピックにおいて羽生結弦選手が金メダルを獲られましたが、平成30年は来る平成31年の改元に伴い、新しい元号が発表される年でもあり、わが国の国力の、真底からの増力を願う次第でございます。
東日本大震災からはやがて7年の節目を迎え、来るべき復旧復興への兆しへと、風向きが変わりまた大きな後押しがなされ、進みゆくことを願います。・・・
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こちらの元旦祭は一番祈祷を併合して執り行われますが、おこもりなされた方のみの参列となりますのでご注意ください。
2月16日、旧正月元旦、鮎川港からは臨時便が運航されます。
鮎川発 9:00 、 10:00 、 10:30 、 11:00 の4便です。
折り返し金華山発 11:30 、 12:00 、13:00 、13:30 となりますのでご注意願います。
「ホエール」もしくは「ドリーム」号にて運航する予定です。
2月17日(土)、祈年祭の日は、女川港より 11:00 発 折り返し金華山発 15:15 の便が運航されますので
こちらもご注目ください。
とにかくも、船便が出ないと参拝出来ないのが金華山となっております。
境内は雪景色も過ぎ、雪は次第に溶けてまいりました。
こちらは昨年の祈年祭の模様です。
祭典は常に厳粛に執り行われます。
本年は、テントも張られた石の間において今年初めての大祭を盛大に執り行います。
五穀豊穣他、今年一年の活力を祈念するお祭りでもあります。
浦安の舞が奉納されます。
旧正月は2月16日から2月22日まで旧七朝祭としてご奉仕され、ご祈祷を受けられた方は、また必ず御本殿御開帳の儀にご案内される習わしとなっております。
2月16日の旧正月元旦の鮎川船便、2月17日女川船便をご利用ください。
2月18日(日)も旧正月七朝祭期間中に当たり、御本殿御開帳の儀がやはり執り行われます。
立春正月を迎えたばかりかと思えば、この旧正月元旦、旧暦の暦は何かと深い意味があり、「新正は旧正の弟」と呼ばれるゆえんです。
この時期、正月は何度もやってきますので、あらためてのスタートを踏み出したい方にはもってこいの旧正月元旦です。
新正月同様に、準備を整えておりますが、この重みを考えると、やはり手抜かりなく入念に準備しなくてはなりません。・・・
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これはその時の写真です。
本日も雪が降り、山の上の方は同じ状況になっているかと思われます。
8合目付近、水神社付近の大日如来・金剛界の石像が並んでおります。
雪の社殿も景色としては良いですが、山の雪景色も味わいあるものです。
金華山山頂付近から大海原を眺める絶景に浴してまいりました。
はるか彼方はアメリカです。
2月3日午後2時半より、拝殿において節分祭が斎行されました。
立春の前日は大晦日に当たり、追儺の儀式も鬼やらいもすべて立春正月の観点に立っています。
金華山では、「鬼は外、鬼は外、福は内、福は内、天打ち、地打ち、四方打ち、鬼の目ン玉ぶっつぶせー」と威勢よく掛け声をかけるのが習わしです。
この掛け声は、山形、岩手、青森と東北地方で古くより唱えられてきた言葉のようです。
「天と地」、「四方」の辺りから陰陽五行説の影響を受けた修験の習わしの名残りが残っているのかと思われます。
そして2月16日には、旧正月元旦を迎え、続いて2月17日には今年最初の大祭である祈年祭が予定されています。
旧正月七朝祭は、2月16日の元旦から始まり、2月22日まで七日間、新正月と同様に、御本殿御開帳の儀が執り行われる習わしでございますので、お寒い中ですが、皆さま振るってご参拝下さいませ。
古くからよく、「新正は旧正の弟、旧正は新正の兄」と云われます。
厄払いなどお済でない方、新正月の初詣を逃された方、旧正月というのは古くから伝わる正月の迎え方の大事な行事の一つであることを、またあらためて思い起こしていただけることを願います。
暦によって、正月がいつか、本当の正月がいつなのか、それは容易く変わってしまうものですから。・・・
歳の始めをまた再現いたします。・・・
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写真提供はVCを支援する会ドヨン様と風カルチャークラブ竹嶋様によるものです。
年末、七朝祭に向けて石鳥居前に大幟を掲げました。
これがあると一気にお祭り気分が盛り上がります。
夕景で情緒あります。
表参道赤鳥居周辺は現在このようになっています。
今は積雪もありますが、この参道の修復は、今年5月神輿渡御までに、何とか形をつけたい目標であります。
正月3が日、震災以降最高の人出で、震災前にすでに到達しつつあるのですが、船を待つ行列も賑わい、お客様にとっては煩わしいことですが、この行列の風景も記憶に留めたくあります。
家族連れの方が多くいらっしゃいました。
圧巻は金華山頂上から見える初日の出です。
このご来光に浴された方々は、そうとう良い新年のスタートを切ることが出来たのではないでしょうか。
日光の力はすさまじいものがあります。
大日輪が海上から現れてくる姿は太古の記憶を呼び戻します。
こちらは前日大晦日の月光です。
月は太陽の光を受けてその姿を我々に見せますが、暗闇にともしびとなる月光は古くからいくつもの詩に詠われています。
殊に神社と月明りは情景豊かなものです。
風カルチャークラブ、VCを支援する会、総勢23名様に今年のお正月も助けて頂きました。!
皆さま金華山でのご奉仕を経て、良い新年のスタートを迎えられたでしょうか。
霊島金華山での過酷な任務を経て、それぞれの幸せにつながらむことが専らの気がかりです。
神さまは見ていらっしゃいます。
ご奉仕頂きました皆さま、のみならずもちろん、厳寒の中ご参拝頂きましたご参拝者の皆さまに今年一年の幸多かりますことを、大神様にあらためてお祈り申し上げます。
厳しい冬の後には必ず暖かな春がやってまいります。
やがて立春を迎え、年の暦が本格的に変わって、皆さまの新しい運勢が開けて行きます。・・・
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しかし恐れていたほどのものではなく、このくらいは例年並みです。
今回はせいぜい15センチ程度でしょうか、10年に一度か二度はこの2倍3倍行きます。
それでも今回の日本海側の積雪はさすがに世界一の量なので、全く比になりません。
備えも十分にされておられることでしょうが、それでも今回は特別でしょうか?
時にこうした寒波と積雪があることは、記憶に残るもので、様々な方々の教訓になれば、何とかの幸いです。
都心も雪国のあらゆる地域からすれば、その混乱を全国放送で流すのはやはりいかがなものかと思ってしまいます。
雪の情景は味わいもあり、雪かきは大変ですが、自然の現象に子供たちならずとも高揚感もあります。
市道となった参道のみならず、境内駐車場並びに参集殿前までも、工事滞在中の?丸本組様に除雪して頂きました。
ホイールローダーというのでしょうか、適切な重機で上手くきれいに、しかも速やかに除雪して頂き感謝感激です。
しかしながら明くる24日(水)、また雪が降りました。
軽く3センチほどでしょうか、それでもすぐに掃いておかないと低温により凍結してしまうので注意です。
(この辺りの迅速さが雪かきのポイントです。)
鹿たちは、雪に埋もれた生きる草木を探し出して食べ物を探し自分が生きるのにまさに必死です。
参拝客の方が来られれば、鹿餌ももらえるのですが、あいにくこの低温状況で海況も悪く、欠航続きで渡来者はいらっしゃいません。
それでもようやく希望の光も見え始めました。
25日(木)、今日は最低気温:零下5度、最高気温:零下1度という真冬日で、各所水道管が凍結しがちでしたが、何とか乗り越えています。
太陽の照りは、空気が低温でもその熱波だけで雪を溶かします。
拝殿付近、神池の水も表面が完全に凍っています。
荒天があれば平穏がある、その逆もまたしかりで、振り子のように揺れて行くのが自然と拝察いたします。
(それは小さく揺れれば望ましいのでしょうか?そうもいかないときもやはりあるのがまさに自然です。)
豪雪地帯の皆さまは例年のこと、慣れていらっしゃいますでしょうが、お身体には十分ご自愛下さいまして、このひと時の強烈な寒波をやり過ごして頂きましたらと願います。
明日から明後日にかけてこの状況は落ち着き、来週には平穏な冬に戻り、そしてやがて2月4日には立春を迎えます。
待ち遠しい春が、もう少しでいまそこにやって来てはいるのです。・・・
TBCラジオでは、寒さを吹き飛ばそうと、真夏の曲が流されていました。・・・
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ミズキの枝に紅白の餅を丸めて取り付け、年縄飾りと交換して各所に飾り、春を呼ぶ行事です。
古来、待ち遠しい春を迎えるに当たって様々な行事がありました。
一連の正月行事は立春の前日、節分祭まで続きます。
そして同日14日午後には境内駐車場においてどんと祭が執り行われました。
冬場、食べ物に飢えている鹿たちが竹の笹や、紙類も食べるために集まってくるのが毎年恒例です。
さらに1月20日(大寒)、21日の土日にはまたしても東京都よりthis is a pen 様11名がボランティア活動にご来山頂きました。
今回の作業は、元総代の三上さんが一人でこつこつとやられていた、昨年10月23日の台風21号被害に遭った登山道修復がメインとなり、他に頂上大海祇神社の足場資材上げと足場組みも行いました。
初日の夕方でこれだけ大きめの石を積みならし、今後また流されないための段取りが出来ました。
そして上から土をかぶせていき(ダンプが車検中で使用出来ず、重機も故障中のためミニユンボで軽トラックに詰め込み)、ならして行きます。
被害箇所の半分は進んだでしょうか、まだ難所があるので難しいですが、クラフトマン世田谷の白井さんには標識となる看板まで作って頂き、今後の計画の話し合いも含めて充実した内容となり、出来た部分はきれいに仕上がることができました。 !
そして本日22日には、午後3時半過ぎより報道で騒ぎになっております大雪がこの金華山の地においても降り始めました。
けっこうな量が断続的に降る見込みで、久しぶりの大雪になりそうです。
明日からしばらくは船も運休となり、島内は缶詰め状態となりますが、陸地の方々も明朝大変なことになっていることと想像されます。
良すぎた天気の後には必ず中和するかのように荒天が来る、というのが何となくの天気の法則のようです。
陰陽の原理でしょうか、それでも私たちは何とかそれを知りつつも対策を整えて、備え、大事に行動して行かなければなりません。
自然と付き合っていくことは、しょうがないと諦めつつも、必ず最善を尽くすことは出来ます。・・・
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1月8日の山頂8合目・山神社例祭も終え、その日は成人の日で祝日、女川便が運航し12時台のご祈祷が一回ありました。
七朝祭の片付けがすべて終わったころに天候は荒れて来て、しかしながらも本日の10日、船便の運航は可能でした。
新しい年のスタートは、海の情景から始まると良いものです。
太陽がすべての始まりなので・・
平成30年、今年の暦は金華山の祭典の要所要所で「当たり」が多いと言いますか、仕組まれたかのような難しい暦となっております。
まずは、旧正月元旦が最も遅めの2月16日で、これは今年最初の大祭の祈年祭の前日に当たります。
春の初巳大祭は最も早い、5月1日の巳の日ですが、これより先に、頂上大海祇神社例祭の3月18日は今年日曜日に当たります。
(銅板屋根の修復は急がれるところです。)
こちら、簡略版の祭日表は、桟橋休憩所内に貼られていますが、こちらの休憩所も新年初詣は大活躍でした。
昨年4月に復旧オープンした休憩所ですが、あらゆる方々から、「売店は?」と聞かれるのが、現実出来ないらしく悲しいところです。
トイレを設備し、風雨・寒暖は防げる、船・送迎車待合所となっております。
本日強風にも拘わらず、?丸本組様が参道工事の再開に来山され、昨年10月の台風21号被害の参道を再び修復工事されております。
工期は一応今年度内、早ければ2月中にはあらかた完成するかもしれません。 期待大です。
平成30年の幕開けは、初詣三が日の参拝者数が、震災後初めて総計で震災前の水準に戻っておりました。!
平日の船便が少なく(ほとんど無く)、年間で通して見るとまだまだといったところですが、祭典日に関しては、着実に順調に戻って来ておられることに、驚きと感謝でした。
常日頃ご崇敬頂き、応援して頂いております皆さまのおかげです。・・・
そして平成30年は、まだまだ始まったばかり、桟橋の鳥居の前に立ったくらいのものです。
ここから始まり、また一年を通して、復興が実現出来る年になればと存じます。
お正月の年神様は各所に祀られ、その年の良きことを祈ります。
平成30年、戊戌歳、本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
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平成30年戊戌(つちのえいぬ)歳、皇紀2678年、西暦2018年もいよいよ幕を開けました。
今年はどんな年になるのでしょうか。それをとにかくも良き年の美(うま)し年になるようにお祈りするのが神社の務めです。
金華山三が日は、元旦が暖かく零時ちょうど頃雨、のち晴れ、二日目風が強くとも晴れ、気温寒くなり、三日目は朝から午前中雪のち晴れ、気温はこの冬最も寒くなりました。
それでも数多くの崇敬信者皆さまご参拝者が当山を訪れ、新年のお祈りをされて行かれました。
震災後、順調に回復しているご参拝者数ですが、今年はさらに伸びて回復したのではないでしょうか。
ともかくも、境内に賑わいがあることは、それだけで嬉しいことです。
お祭りの日の神社は、いつも最高に活気良くなくてはなりません。
12月31日、女川22:00発二年詣り便が運航し、零時の歳旦祭も賑わいました。
また元旦・2日はボランティアさんの助けもあって、受け入れ体制は十分で各所混み合い嬉しい悲鳴でした。
3日になると風も落ち着き、鮎川港モーターボートも運航して人出も増えました。
皆さま良き新年を迎えられましたことを祈ります。
今年は戌歳です。
犬が多産であることにちなみ、実り豊かな年であることを願います。
下の写真の祈祷殿脇狛犬は、明治の頃の本殿以下彫刻を手掛けた、翁祐年棟梁の子孫の方が彫られた、祈祷殿内の狛犬の石型の姿で、前足の筋肉隆々たる姿は他にないものです。
3日、雪が降り、境内は一面雪景色となりました。
いつも見ている風景がより情緒深くなります。
本年の平成30年は、もはや平成の終焉にかかって来ております。
やがて来る新しい時代に胸をときめかせつつ、平成の総決算を行って総点検し、あの震災からの復興もより弾みをつけて成し遂げて行かなければなりません。
平成30年、金華山初巳大祭は、なぜか暦上、4月30日が前夜祭で5月1日が巳の日の本祭という、畏こくも平成31年の陛下ご退位と皇太子殿下即位の日取りと不思議と重なるような日程となっております。
ちなみに、来る平成31年には、10月に(年号は変わっていますが)、6年ぶりの式年柴燈大護摩祈願大祭が行われる予定です。
まずは今年の新年の情景を味わいましょう。
気候に変動はあっても、やはり例年通り寒く、厳しい寒さの中の防寒した状態でのご参拝であることには、何の変りもありません。
船便がもう少し増えれば、ご参拝者も都合よく気兼ねなく散策できるのですが。・・
祈祷殿脇の大幟です。
奥州三大霊場、日本五大弁財天の当社は、古来随一のいわゆるパワースポットであり、いつでも神さまはあたたかくご参拝者の皆さまをお待ちしております。
それは古来不変に変わらないことであり、今後ともますますそのお力は増して行くことでしょう。
復興が進むにつれ、船便が増えるに連れ。
平成30年、戊戌歳、さらに新生して行く金華山を、何卒末永くお見守り頂きますよう、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
平成30年七朝祭は1月7日まで、ご祈祷を受けられた方全員が御本殿御開帳の儀にご案内されます習わしで、まだまだ斎行継続中であります。・・
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今年5月、高知県、四万十うなぎ大前様よりご奉納頂きました、新しい杵と臼二対は、ケヤキ製で頑丈なもので、もち米のふかし具合に時間がかかっても、餅つきの出来栄えは格段に違いました。
一年に一度の行事ですが、この時期、この時間になると不思議と皆身体が覚えているのが何故かしらの常です。
明くる12月29日、各所松飾りも取り付けました。
これで一気にお正月気分が高まります。
(新鮮な笹は、冬場で飢えた鹿が、背伸びして届くところは食べてしまうものですが・・)
正面石鳥居はすでに神々しくあります。
このまま天候良く、新年を迎えられますように願います。
各所の建物・部屋などに飾られる鏡餅です。
ふのり、みかん、かやの実を供えるのが金華山の習わしです。
同日12月29日、お正月の当神社のお手伝い・復興支援のために、風カルチャークラブ、VCを支援する会皆さま総勢18名の方々がご来山されました。!
震災後ずっと続いておりますこの企画は、大変に有難く助かっております。
震災もはや7年になろうとしているこの地で、皆さま何かしら感じられるところがありましたら幸いです。
この神社スタッフとして活躍いただくボランティア活動は、大変に有難く、毎年ことあるごとに助けられております。
どうぞ皆さま何卒良いお年を、一つお迎え下さいますよう、お祈り申し上げます。
本年も、諸事関係者皆さま方には大変にお世話になり有難うございました。
来年も、良いお年でありますように、切に願います。
皆さまどうぞくれぐれも、良いお年をお迎えください。
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帰社社員の話によると、石巻もけっこう積もり、朝の車は渋滞で大変だったようです。
この雪は仙台でも降り、爆弾低気圧が近い北海道はより大変なようです。
積雪世界一の日本海側、また太平洋側の地域でも積雪の多い地域でもやはり苦労をもたらしました。
金華山では拝殿石の間・御本殿のテント張り作業を行いましたが、雪の影響はそれらに比べると恵まれ、それほどはありませんでした。
うっすらと雪化粧した境内です。
先日やはり暴風警報が出ている最中ではありましたが、山頂の大海祇神社屋根修復のための資材が散らばっているとのことで、その片付けに登頂してまいりました。
登拝口入り口の鳥居の注連縄も新しくしております。
この鳥居は震災後、東京都の下谷神社様にご奉納頂きましたものです。
金華山中腹は、ケヤキの木が多いのですが、枝のあちらこちらでこぶが出来ている姿は何だか不思議な感じです。
栄養がたまり、エネルギーもたまってしまうのでしょうか。
年末年始、山頂登拝される方は雪対策は無用でしょうが、地面に霜が降りているほど体感温度も下がっておりますので、厚手の上着など、防寒対策は必須です。
そして苦労して登られた八合目からは絶景のご褒美が待っています。
お正月元旦、あいにく初日の出は見られないとの予報ですが、本来ならば、金華山の山頂付近では実に神々しい初日の出のご来光が見えるのが常です。
それは本当に神さまの大日輪が現れるかのようなご来光です。
頂上・大海祇神社にてお正月三が日の無事海上運航、七朝祭の滞りなく斎行されますことを祈願してまいりました。
低気圧が来るとすれば、こちらはお正月に向けての高気圧で、テンションを高めて一丸となって進むことが、何故か不思議の天候回復につながるものと、変な話ですが、理解しております。
お正月船便のダイヤはすでに紹介いたしました。
願わくば、そちらのダイヤが予定通り、恙無く巡航されることを祈願いたします。
本年も残すところあと4日、悔いのない年末を過ごし、年明けをめでたく迎えたいものと、つくづく感じます。
皆さま良いお年を! どうぞ一つお迎えください。
明日は早朝餅つき行事を行います。・・・
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去る12月23日は天皇陛下御誕生日に当たり、早朝、天長祭を斎行いたしました。
クリスマス寒波が近年多いのは、日本のお祭りのほうももっと大事にやってください、という日本の八百万の神様のお言葉なのかもしれません。
ともあれ、お正月は近づいています。
第一授与所脇、裏参道降り口の辺りに謹賀新年の看板を設置済みです。
そしてお正月船便ですが、
元旦
鮎川発 6:40、7:30、7:50、8:30、9:10、9:50、10:30、11:10、11:50、12:30、
13:10、13:50 があります。
この折り返しは金華山発7:50を始めとして最終15:15となっておりますのでご注意ください。
女川発は 二年詣り便 12月31日 22:00発 、折り返し金華山発2:00を含め、元旦は
6:20、8:00、10:00の3便となっております。
この折り返し金華山発は、8:45、10:45、12:45となっております。
6:20発は特に「初日の出ご来光便」です。
1月2日になりますと、
鮎川発 9:00、10:00、11:30 と3便に減りまして、
折り返し金華山発は 11:00、12:00、13:30 です。
女川発は 11:00 、金華山折り返し13:30発が1月3日まで一便で同様です。
1月3日、
鮎川発は 10:00、11:00 の二便がありまして、
折り返し金華山発 12:00、13:00 となっております。
いずれも、お客様が多すぎて対応しきれない場合は、臨時便や増船、+モーターボートが動くと思われますので、ご予約の方優先とはいえ、金華山の復興の様子をご覧に、振るってご参拝下さいますようご案内申し上げます。
神社送迎車、トヨタ・ハイエースと日産・エルグランドも張り切って待ち備えております。
エルグランドの内装はこんな感じです。
ゆったりとしたシートです。
そして今年4月に竣功しました金華山休憩所も、このお正月には十分に活用されることと予想されます。
売店は?という声が多く聞かれるのですが、まだまだそこまでは残念ながら行かないようです。
あくまでも船や神社送迎車の待合所です。 トイレはもちろんあります。
今年10月の台風21号被害により、8月にせっかく完了したはずの参道工事がまたやり直されております。
徒歩で登られる場合、お車の通行などにご注意ください。
道幅は狭くなっております。
いったい完全に復興と呼べる日はいつ来るのか、まだそれは分かりません。
船便が平日も定期運航出来ることか、参拝者の数が震災以前まで戻ることか。
少なくとも、あの震災の地震・津波の被害箇所・爪痕、その後の台風被害などの境内の傷跡は一つ一つ消して行きたいと思います。
金華山がご神体山だとしたら、あちらこちらのそれは、神さまの傷跡なのです。
海辺に出ると、爽やかな涼気が感じられました。
元旦、初詣の船便が、波風立たず滞りなくいきますように、祈念いたします。
そして平成30年は残すところあと6日で、その幕を開けます。・・・・
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これ以前はカーシェアリング協会からご奉納頂きましたホンダ・オデッセイを送迎用としてご活躍させて頂いておりましたが、こちらのエルグランドも同じく8人乗り(運転手含めてなのでお客様は7人乗り)、お正月前に合わせて鮎川から台船で搬入し、到着次第、その安全と活躍を祈ってお祓いを行いました。
既存の12人乗りトヨタ・ハイエースとともに送迎の力が増すこととなりました。
車内は思いの外広く、座席が可動できまして荷物も詰め込め、助手席は1人、小柄な方やお子様などが座られることを含めると2列シートで各々3人以上乗ることも出来、その場合は7人以上も乗れることになります。
車内の写真は追ってお知らせいたします。
参道はいまだ工事中ですが、これを持ちまして輸送力にかなりの戦力となり、多忙なお正月を何とか乗り越えられそうです。
とは言え、神社送迎車は正月期間、ピストンで桟橋から境内まで動いていますけれども、混雑の中、乗り切れない場合が想定されますので、足の悪い方・お年寄り・お子様などを優先されてご利用頂きますようお願い申し上げます。
(なお送迎車をご利用頂きました祭は、「お気持ち」でけっこうですので車内の袋に運航維持のためのお賽銭を入れて頂くようお願いいたしております。)
師走も早あと10日となりました。
来る新年が待ち構えております。
お正月の準備は、各所注連縄・紙垂を新しくするなどの他に、隅々までの清掃、そして諸々のやるべきことが山積するのが神社の常です。・・
今年の汚れは今年のうちに・・・
一年を区切って、また新しい魂を頂く日本のお正月の信仰は、まさに理にかなったものと思います。
日付・暦とともに、何かがそこで大きく変わるのです。
来年の干支は戌歳(いぬどし)です。
戊戌(つちのえいぬ)歳とも言いまして、十干の「戊(つちのえ・ぼ)」はもともと「茂(しげる)」をその語源とし、草木が繁茂して盛大になった様を表すと言われます。
戊戌歳は、六十干支で言いますと、35番目に当たり、ちょうど中間ぐらいでしょうか、来年は甲子大黒祭も11月に行われますが、何よりも震災復興が、着実に進んで行く年であってほしいと願います。
震災後巳年に福島県・室野井様ご奉納の狛犬も、ようやく犬年を迎え、生き生きとしている感があります。
(来年は、この狛犬が降り口に鎮座する、表参道を何とか修復して、5月の神輿渡御を、震災後出来なかった表参道渡御を成し遂げたいと、切に願う次第であります。・・・)
(今現在、表参道も歩いて登ることは普通に出来ますので、是非こちらの道もご利用下さい。)
元旦・正月船便は別途ご連絡申し上げます。・・・
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平成30年の祭典表も新しく立て替えております。
来年は初巳大祭本祭が5月1日となり、前夜祭が4月30日という、暦上最も早い初巳大祭の年です。
また、これには書いてありませんが、来年は深夜の祭典・甲子大黒祭が6年ぶりに復活し、11月27日の午後11時より執り行われる予定となっております。
師走の夕方、元総代の三上さんが、日暮れ近くぎりぎりまで、潔斎場屋根を修復させるためのペンキ塗りに一心不乱にいそしんいらっしゃいました。
10月の台風被害の個所はまだあちこちに残り、その復旧もしなくてはなりませんが、住み込みで震災後ずっとボランティアで作業頂いておりますこの姿勢にはとにかく頭が下がります。
東北の東日本大震災での被災地には、およそ二万人の無念に亡くなられた方がいらっしゃいました。
人は、亡くなると愛する家族や近親者のための守護の働きを務めるべく、また修行を重ねて行くと神道で認識しております。
祓いの力は大きく、こうしたことも年越しの大祓で祓って、生きる者はまた新しく新年を生きる力を授からなくてはなりません。
師走は、全般に、しわ寄せがくる月とも言えるかもしれません。
お正月の準備は、とにかく早めに、後伸ばしにしないでやっておくことが、無事新年を迎えるコツと、常々感じております。・・・
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各地で大雪報道がされるなか、金華山にもうっすらと積雪がありました。
師走も佳境を迎えようと、お正月の準備が連日続きます。
来年は戊戌(つちのえいぬ)歳、犬が多産であることにちなみ、実り豊かな年であるように祈願いたします。
祈祷殿脇の狛犬です。
(高麗犬はライオンを模したという説もありますが・・・眷獣(けんじゅう)です)
師走の日々は光陰矢の如し、一日一日があっという間に過ぎて行きます。
新年を迎える準備は、大掃除を始めとして念入りに進められ、各所清掃・装飾がしっかりとされて神社が華々しくなります。
金華山の洋上から見える初日の出は、さぞかし素晴らしいことでしょう。
来年は平成も30年の佳節を迎え、平成31年4月には畏くも天皇陛下が退位され、5月1日に皇太子さまが即位され、新しい年号が始まる旨の決定がなされた報道もありました。
震災からは7年、来年はまた鮎川港湾が整備されていくなど、各所復興に向けても大きな飛躍の年であってほしいと願います。
元旦・正月の船便は女川便は臨時便ダイヤがすでに決定されておりますので、潮プランニングのHPをご覧ください。
参道の再度の工事はまだ途中ですが、お車の送迎は二台で出来ますので、また追ってご案内申し上げます。
来る新年が良き年となるよう、七朝祭準備を念入りに重ねてまいります。・・・
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本殿脇・神池の紅葉は例年より1週間遅く紅葉しました。
池の整備がされましたので水もきれいです。
随神門脇、樹齢600年のタブノキは、こぶの部分に身体の悪い場所を当てると治るという評判ですが、その宿り木としていた杉の木が落下し、そのこぶごと、今は地面に置いてあります。
先日this is a pen皆さまに整備頂いた恵比須・大黒尊像後ろの芝生です。
御神木のケヤキは、すでにもうほとんど葉を落としました。
秋口のこの下の掃除は例年毎日大変でした。
また先日作業頂きましたthis is a penの若林さんの作業跡、手水舎のペンキ塗りです。
どこが塗られた個所か分からなくなるほど見事に周りに調和しています。
同じく作業頂きました、社号標の墨入れですが、裏面も実にきれいに丁寧に墨入れして頂きました。
昭和40年の巳歳御縁大祭の記念の建立であったことが分かります。
そうしてお正月を迎えるための準備は少しずつ整ってまいります。
参道が修復完了なるのはまた来年、年明けからとなりますが、出来ることから手をつけて、例年通りの受け入れ体制をつくりたいところです。
最近は夕陽が特にきれいです。
間もなく師走となり、明日からの寒さもひとしおのようですが、例年のことです。
一年を振り返り、また新しい一年を迎えるために、神社では様々な準備がなされます。
「よいお年を」迎えるために・・・
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両日鮎川便は強い南風のため欠航し、女川便だけが運航され、参拝者の方々も多く渡航されました。
これから冬場になると海上の時化も多くなりがちです。
今回の作業現場は、桟橋鳥居付近の玉垣の残骸を撤去する作業がまず一つありました。
津波被害以来実に6年半以上そのままの個所でした。
近くに震災後あらためて建立された社号標の墨入れの作業も、お正月に向けて玄関口を整えるために行いました。
発電機を二台用意し、グラインダーで柱の根元を削り、大ハンマーでひたすら叩いて行くことで大きい玉垣の石もうまく倒れました。
ハンマードリルやツルハシ、石頭ハンマーやタガネも駆使して残された石の部分を削り取って行きます。
ローテーションで大ハンマーを振り回し、最後の倒れるところで皆さま優しく筆者に任せて頂きました。
こうした石を砕いていく作業に防塵マスクとヘルメットは必須でした。
そして跡形もなく消えて行き、後世これは何の跡だったのだろうと思われることでしょう。
社号標墨入れも、立派に、綺麗に仕上がりました。
(翌日は裏面の細かい文字も綺麗に仕上げられております。)
社号標は、津波で流されていたのをまたあらためて場所を変えて建て直したものです。平成25年の2月の頃上川さん主導で行われたものでした。
図南書道会の方が書かれた文字と聞いておりますが、神さまの「神」の字など立派なものです。
ここの前で鳥居も含めて記念写真をまず撮られる方もいらっしゃいます。
塗装が専門の若林さんの手水舎各所ペンキ塗り作業も継続されて行われておりました。
(後日紹介いたしますが、木材と混じり合う見事な塗装となりました。)
また日曜日は頂上大海祇神社修復のための資材上げ作業も行われました。
次の主な現場は大黒様後ろ、福神橋付近の台風で土砂が流された部分の再度の埋め立てです。
三上さんがコツコツと大きい石を下に敷き、小さめの石を上に敷いて工夫されて埋め立てておられました。
およそダンプ二台分の土砂が入りました。
近くまでクローラー(運搬機)で運びます。
土砂は、芝などが生えやすいものを上に敷いて、再生を願いました。
さらに埋め立て部分に刈り取ってきた芝を市松模様に並べて完成です。
時間も目一杯、ちょうどに完成し、今後残されたダムまでの道の補修や、表参道の修復の仕方など話し合いました。
継続されるボランティアの方々がおられるからこそ、修復に向けてのビジョンを持つことが出来、少しずつ、一箇所ずつでも境内地は整備されて行きます。
それはやはり大変に有難く、助かっており、とても感謝しております。
そうして一箇所ずつ、傷跡が修復され、来る新年・お正月へ向けて、準備は各所着々と整って行きます。・・・
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下の写真は直接関係はありませんが、先月東京都墨田区?片岡屏風店様よりご奉納頂きました、屏風一帖です。
大変綺麗な屏風です。 金華山社報・新年号にても紹介されます。
新嘗祭の写真は押切様グループ、初瀬保様が3名でボランティアで来られておりましたので、祭典写真もお願いいたしましたところによりかなったものです。
継続されるボランティア活動には大変有難いものがあります。
23日当日は朝から雨が降っており、祭典は殿内からの参進となり、栖鳳閣前整列後、祈祷殿にて修祓を行い、その後拝殿・本殿にて執り行われました。
今回は3年に一度の役員改選に当たり、役員総代就任奉告祭も兼ねて行うこととなっておりました。
ご参列は予想内ではありましたが、予約分を大きく越えて、40名の参列となり、賑々しく執り行われました。
新嘗祭・また来る2月の祈年祭では浦安舞が奉奏されます。
この祭典は、主に新穀を感謝する意味のもので、全国の神社で行われる秋祭りと同様で、それは五穀豊穣を祈念する祈年祭と対になっており、実に有史以来の日本に、最も古くからあったお祭りであります。
当たり前のことでもありますが、食べ物をあくまでも「頂いて」私たちは生活しております。
農業、漁業の一次産業と呼ばれるものは、まさに人間が生きるに欠かせないもので、その営みや自然の恵みには、やはりいつも感謝しなくてはなりません。
どうあがいても食べ物を食して、私たちの身体が出来ているわけですから・・・
その祭典を賑々しく行うことができましたことは、喜びでした。
そうして今年最後の大祭が終了し、神社は本格的にお正月の準備へと向かいます。
来る新年を良き年として迎えるために、これから大掃除も含めて様々な行事が集中してまいります。
「良いお年を」迎えるために、伝統的な決まったことを重ねて続けて行き、念入りに念入りに準備を重ねて行くことが、神社の大きな仕事です。・・・・
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それに向けて、でもありますが、台風21号の被害をコツコツと境内整備を重ねておりました。
主に働いていらっしゃるのはボランティアの上川さんと三上さんです。
上川さんが福井県に帰られましても、三上さんはコツコツと進めておられました。
福神橋付近、大黒尊像後ろの辺りです。
石を大きさに合わせて詰め、後は土砂を詰めて完成です。
石を詰められたことで、今後また流されても、その石は残るものと思われます。
上川さんがおられるうちに、埼玉県・東松山チームとともに登山道の修復はかなり進めることが出来ました。
何度流されても、復旧させるのが神社の務めであり、永々と繰り返される営みです。
まだ難所もあります。
恒久的な修復を試みるため、ここはコンクリートを流す予定です。
現在は迂回して登山道を登らなくてはなりません。
本日は拝殿前祓所付近にまた海砂を入れて、新嘗祭の準備を整えているところです。
拝殿前は、とにかくいつも綺麗にしておかなくてはなりません。・・・
来る23日新嘗祭の日は、天候は思わしくない予報ですが、祝日で臨時便も運航されますので、ご祈祷にも好日かと思われます。
この本年最後の大祭を経て、いよいよ冬支度へ、お正月の準備が集中して行われることになる金華山のこの頃です。・・・・
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先ずはお詣りをしてから被害箇所を下見してまわります。
表参道は重機にて埋め立てはたいがいは出来ておりましたが、まだまだ本来ではありません。
来年は神輿を通すつもりで復旧していたところでした。・・
神池には大量の土砂と泥が堆積しており、来る11月23日の新嘗祭前に修復しておきたい個所でした。
ダムに至る道、登拝口の付近は平成23年の台風被害からダムの土砂上げをして、2年はかかったでしょうか、その出てきた土砂で道が埋め立てられたものでしたが、この度の台風一発でそれがほとんどすべて流されてしまいました。
苦労して埋め立てを行っても、この惨状はあんまりです。
自然の力のすさまじさですが、何か沢の流れが根本的に変わっているのかもしれません。
とりあえず出来るところから、優先順位の高いところからと、表参道の埋め立てにダンプ土砂二台分を流し込み、地ならししてひとまず完成です。
人足がおられると作業はとても速く、完全に出来るのがいつも感動させられます。
表参道階段下の側溝ですが、こうしたところを常に機能できるように整備しておかないと、非常時には大きな被害が出てしまうものと痛感しております。
昔の方は、様々な自然現象を想定しており、そのために仕掛けられた防御策を、機能出来るように整備することが大切と認識を新たにしております。
綺麗に埋め立てられましたが、またこれを守るための方策、土砂を圧縮して固めたり、排水を十分に考えたりしないとまた二の舞になってしまいかねません。
とりあえず形を整えることは出来ました。!
そして次の問題、神池の土砂・泥上げですが、あまり深く掘りすぎると、池の水がすき間から抜けてしまう経験がかつてありましたので、慎重に、底を出して取り除いて行きます。
出た土砂はダムに至る道の埋め立てに使われました。
運搬機・クローラーも大活躍でした。
閑話休題、弁天堂付近の紅葉は赤めいて、今はもう散り際ですが、美しいものです。
銭洗い場も、復旧したてですので、今なら益々のご利益が高まっているかもしれません。
(かつて復旧したての子安地蔵がそうでした。・・)
神池の真ん中に位置する鶴の下には亀が鎮座しておりまして、網地浜の方の奉納と刻まれておりました。
なかなかこうした機会でもないと下までは見えないものです。
こちらの池の水は、御本殿に何かあったときのための防火用水ともなっております。
上から見ると勾玉の形をした、随一のパワースポットとも言われます。
土砂上げ・泥上げの入念に仕上げをして、後は水を貯めるばかりとなりました。
最後の方では、各所埋め立てのための土のう袋づくりの作業に専念されておられました。
神池から出た土のうも相当のもので、登拝口参道の埋め立ても下の方から徐々に進んでおります。
そして明日も作業は繰り返されます。
はるばる遠くから来られて、作業に従事頂くことに旧知の方々の面々も加わって感謝でいっぱいです。
このような災害の状況が、少しでもなくなるよう、減災の措置を考える必要もあるかと思います。
入念な境内整備が、それを可能にするでしょう。
各所の被害と、その措置が出来ることで、初めて復旧復興と言えるのかもしれません。
秋の行楽シーズン、明日は鮎川便も運航されるようです。
復旧復興の機運の霊島に、是非ご来山くださいませ。
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参道はまた砂利道に戻りました。
いっときのことと思い、また素晴らしいアスファルト道路となることを期待して楽しみにします。
お車で送迎出来る時もあるかと思いますが、当面は工事中の個所は歩いて登られるようになりそうです。
通行の際は工事中の個所にお気を付け下さい。
伝書鳩が迷い込んでいました。金華山には時々こうした鳩が漂流します。
迷い込んでしまった鳩は、もう伝書鳩としての能力は持てないそうです。
金華山にいる鳥はカラスを始め、ワシやタカなどもおり、小鳥もモズやゲラなどもいます。
野鳥ばかりなので、鳩は極めて珍しいのです。
そして表参道も、いくらか歩きやすくなるように整備はいたしましたが、まだまだ復旧途中です。
せっかく良い状態で修復が進んでいたところだっただけに、悔しい限りです。
歩いて登る分には問題ありませんので、こちらの道もご利用ください。
たった一つの台風で、これほどまでに甚大な被害が出ることは少なくとも震災前にはなかったことです。
震災後の、山津波をもたらした台風が、山の沢の流れを何か変えてしまったのではという思いもいたします。
もしくは、全体的に、台風そのものが以前と比べて異常な力を持っていることがあるか。
倒木の一本や二本で台風被害を大騒ぎしていた頃が懐かしいくらいです。
気象にめげず、来るべきは11月23日の新嘗祭と、そして平成30年のお正月に向けて、総力を結集してまいります。
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銭洗い場付近は沢の本流の一つであるため、そこが詰まると多くの場所に水の被害が拡大して行きます。
そのため真っ先にここを復旧させ、流れてきた流石はほとんど取り除きました。
その近くの福神橋下の沢も流石が多くあったため手入れをし、神池の泥上げにも取り掛かっています。
水中ポンプで池の水をすっかり取り除き、流れてきた土砂を土のう袋に詰めて行きます。
やがてその土のう袋は様々な個所の埋め立てに使われることになります。
鶴亀の青銅製の彫像を洗い、周辺の石も泥まみれであったため洗いました。
上川さん・三上さんに重機をメンテナンス頂きましたので、存分に使い、表参道を整備して何とか人が歩きやすくなるように、車も上がれるように整えています。
肝心の参道本体は、先日?丸本組様が到着され、あらためて事務所を構えて、重機も搬入し、一からやり直す覚悟で整備頂いておりますが、今日はまだやっと軽トラックが通行できるようになったくらいで、送迎車が通行可能になるにはまだ何日かかかるようです。
もはや師走の声が聞こえ始めると、ますます急ピッチで整備を整えて行かなければなりません。
散らかった表参道他各所も清掃を重ねて行きたいものです。・・・
落ち葉の絶えない秋のこの頃ですが・・
11月23日には今年最後の大祭である「新嘗祭」を控えております。
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10月23日の台風被害から10日、はや今日は?丸本組様の重機や作業事務所が到着し、再び参道の修復に取り掛かろうとするところ、公道には手をつけられないので、境内地の被害箇所を優先順位で一つ一つ修復して行きます。
元総代・三上さんがお一人でコツコツと、銭洗い場・福神橋付近の陥没個所に石を入れて行く作業に従事されておられました。
そこに砂利と土の混ざりを流し込み、圧力をかけて一応完成です。
ご参拝者の方にも不便なく参拝できるようにしております。
明日から三連休で多少込み合うかもしれませんが、ご参拝の折には、桟橋からの参道はまだ修復されておりませんので、歩いて登らなくてはならないこと、何卒ご了承願います。
今年も残すところあと2カ月、お正月までには何とか境内整備も形づけて行きたいものです。・・・
せっかく復旧復興も良いところまで軌道に乗っておりましたので、この波を逃すべく、尽力してまいります。
秋の紅葉も色づき始めました。 秋の行楽シーズンには霊島・金華山もおすすめです。
追記;銭洗い場周辺は11月3日の今日、周辺の石を取り除く作業を男子社員で進め、以下の写真のように完全復旧しております。
11月3日から始まりました三連休も、初日から多くの方々が訪れて頂きました。
船便も増便されておりますので、渡航は容易くなっております。
桟橋に着いてからの送迎車は、いまだ参道途中からですので途中までは歩いて坂を登らなくてはならないこと、何卒ご了承願います。
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(報告が遅れてしまい申し訳ございませんでした。)
このような大雨では、まず排水の土管という土管が流れてきた巨石・倒木等により詰まってしまい、本来の土管ではなく道自体が川になってしまうことが余計被害を助長させます。
銭洗い場付近のその時の様子です。
土管が詰まると水は勢いを増し、まさに道が川になります。
震災の年の台風では、この旧売店いったいのアスファルトがめくれ、いったいに土砂が堆積する状態となったのですが、今回はこれくらいで済みました。
大難が小難で済み、小難が無難でありますことを、常に願います。
現在はこの辺りの片づけは済んでおります。
また問題となったのが参道です。
せっかくこの7月・8月に出来たばかりの参道が、排水溝の排水をもろともせずに、排水溝自体を水の流れが壊してしまいました。
水の流れの勢いの強さは本当に恐るべきものです。
法面の土砂も膨れ上がりました。
ネットが張られているため、崖崩れの心配は無用ですのでご安心下さい。
桟橋付近も見るも無残な風景となりました。
こうした、排水の土管入り口が、土砂や倒木により詰まってしまうとそこからあふれ出てしまうのです。
震災の年は、ずっと絶え間ない余震がありましたので、表土はかなり揺さぶられて、そのせいも含めたため、その年の台風の山津波はこれよりも幾倍も甚大なものだったと想像されます。
大きな力を時に示されるのが自然の怖いところです。
滝のように沢からあふれ出た水流が流れ出し、それはやはり通常の土管では対応できないくらいでした。
せっかく修復した表参道も、無念にもかなりやられてしまいました。
車が上がれるまで直したボランティアさんたちの努力が、すべてではなくても灰燼に帰してしまったのは大変な痛手です。
それでもここまで来た限りは、また再び何度でも、直して行きます。
参道のアスファルト工事は、現在石巻市に土地を譲渡しているため、公道として業者が請け負う形で直して頂くことになっておりまして、それは不幸中の幸い、全くもって頼もしいことです。
被害は、まるで震災のときの浦安市のような、いわゆる「液状化現象」のような形で、アスファルトの下を水が走って、アスファルトがめくりあがり、現在もなお車の往来を不可能にしています。
こちらの復旧は、まだめどは立っていませんが少なくと今月中には車が通行できるようにし、お正月にはいまだ不完全でも利便がはかられる道路であってほしいものです。
お車の送迎は、今のところ、この坂を上り切ったところ辺りから行っておりますので、ご来山の際には何卒ご了承願います。
ちなみに、お水取り場の金光水の足元付近もいまだ土砂が堆積したままです。・・・
それでも、社殿に被害はありませんでしたし、頂上奥の院他山の各地末社にもさしたる被害はございませんでした。
秋の夕日が目に沁みます。
いったいいつから、私たちは自然と向き合い、寄り添って、暮らしてきたのでしょうか。
「災害」と一口にいっても、それは自然の大きな力の、ちょっとした力の影響に過ぎないのですが、非力な人間にとっては大きく感じられたりもします。
天災が、忘れたころにやってくるのであれば、それに対する備えを踏まえたうえで、出来る限りの対策を備えておくことしか、我々には出来ません。・・・
なお、現在も、船は天候が良ければ通常通り運行しております。
ご参拝の折にはいまだ復旧途上であることにご注意願います。・・・
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一昨年から続いている企画で、日本語研修のための学びのプログラムの一環です。
一日目は三上さん主導で境内の清掃を行い、二日目はあいにくの雨天候のため登山を断念して殿内にて七朝祭発送のための封入作業にご協力頂きました。
国籍はアメリカでもさすが人種のるつぼのお国なので出身地はばらばらです。
皆さま金華山をご堪能頂いたご様子でした。
今回はこの企画では珍しく幼児のご参加もありました。
普段のご参拝でもそうですが、子どもたちの声が神社で聴かれることは、何故かとても嬉しく、神さまもその純真な魂にきっとお喜びになられていらっしゃるものと感じられます。
三つ子の魂百までとも申します。その無邪気な精神は、大人も学ぶところがあります。
変わって、先日来年の神社ポスターがいち早く出来上がりました。
来年のポスターは金華山の象徴なのか、鹿が大きくデザインされ、なかなか良いものとなっております。
各地に貼られる姿を早く見たいものです。
来年の祭典日は、小さくてよく見えないかもしれませんが、初巳大祭本祭が5月1日、神輿渡御が5月6日、龍神まつりが7月28日と29日、例大祭9月25日は火曜日、神鹿角切行事祭は10月7日となっております。
これには書かれておりませんが、来年は11月28日に甲子大黒祭という祭典が、深夜11時から、6年ぶりに斎行されます。
こちらのお祭りには、参集殿に泊まられるか、滞在されるかしかないので、それまでには必ず震災以降使用不可となっている参集殿の各部屋を完全に復活させなければならないところです。
参拝者、お客様も増え始め、いよいよ完全復旧に向けて、全力で取り組んで行かねばなりません。
鮎川の漁港・観光桟橋付近が整い始めるのが来年秋頃とされ、女川の港湾付近の整備もまだまだかかる見込みです。
毎日の定期便、そして金華山に着いてからの売店など震災以前の復興を夢見ますが、それはまだまだ先のようです。
さしあたっては現在出来ることを、少しずつ試みて行くしかありません。・・
霊島・金華山も寒くなり始め、紅葉が待ち遠しい季節となってまいりました。
天候がよろしいときは、この時期のご参拝もおすすめの季節です。
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写真は神社職員と、恵比須祭は特に石巻市・及川印刷所生出様による提供のものです。
10月1週目、2週目は天候に恵まれ、特に3連休は多くの方々がご来山され、船便も増便せざるをえない状況で、嬉しい悲鳴でした。
角切行事祭も8月の中頃から準備を進めておりまして、ようやくこうして日の目を見て斎行できました。
角切り所役は昨年の小松権禰宜に変わり福森権禰宜が担当いたしました。
報道の方々も写真を撮って行かれました。
赤旗で追いやり、十字投げ縄で鹿の角にロープを引っ掛けて真ん中の木柱付近に誘い込み、押さえつけた上で角を切る行程です。
野生の鹿は素早いので四苦八苦いたします。
無事、雄鹿10頭の角を切り落とし、角切り行事祭は万端恙無く終えました。
次の週、10月9日には、午前10時より弁財天奉安殿において己巳の日弁財天御縁日祭が斎行されました。
連休最終日、船便も増便されているとあって、多くのご参列の方々がいらっしゃいました。
そして同日正午からは、恵比須祭が恵比須・大黒尊像前にて斎行されました。
こちらも震災後では一番の人出で、恵比須祭参列の方も多く、福神・恵比須様も祭典が賑わうことでたいそうお喜びになられたのではないかと思います。
恵比須様は家内安全・商売繁盛、また五穀豊穣・海上安全・大漁満足の福の神です。
漂流して来られた神という性格もあり、霊島金華山にも全く似つかわしい神と言えます。
古くはこちらの御祭神の八重事代主神は浜神社に桟橋付近の亀石の近くに祀られておりました。
現在は浜神社は表参道入口付近に鎮座しております。
祭典の醍醐味でもあります弥栄舞です。
こちらの神楽殿は一年に一回しか使いませんが、それでもこの祭典のために、何カ月も前からボランティアさんを中心に修復を試み、綺麗に塗装してようやく晴れの舞台となりました。
神社は、こうした一年に一度のお祭りのために、ずっと手入れをしてお祭りを目指して修復を重ねて行く生業です。
恵比須祭当日は全くの秋晴れ、例年になく盛大に祭典を執り行い、ご参列の皆さまの直会も特殊神饌のお下がりを頂いて賑やかに行われました。
秋の行楽シーズンはまだまだ続くものと思われますが、金華山の大きな祭典は、後は11月23日の新嘗祭を残すばかりとなっております。
今週少し雨模様の予報ですが、天候がよろしいときは絶好のお参り日和となっておりますこの季節ですので、土日の天気が良い予報の時は、是非金華山詣りをおすすめいたします。
秋の涼気とともに、霊島の霊気を存分に味わって頂きまして、気力の充実したパワースポットのお力を、是非実際に現地にてご体験頂きましたら幸いでございます。
霊島にて、お待ち申し上げております。
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遅くなってしまいましたが、ご案内を申し上げます。
明日は臨時便が運航され、鮎川発10:00、12:30、女川発9:00、11:00の便がありますので、各船会社にお問い合わせ願います。
神鹿角切り行事祭は安全祈願祭が午前11時に行われ、午前の部が12時半まで行われます。
午後の部は午後1時半から午後2時半まで行われます。
鹿の写真がないのが残念ですが、雄鹿10頭がまさに角を切られんばかりに角切り場に待機している状態です。
下の写真は前回例大祭までに間に合わせた、拝殿前祓所の整備を終えた個所です。
ボランティアのthis is a pen 様と上川氏・三上氏の協力も手伝って、お祭りが行われるのにふさわしく綺麗に整備されました。
来る11月23日の新嘗祭にもこれで準備完了といったところです。
拝殿前が整備されると、神社の風格が否応なく高まります。
そして来る10月9日(祝)には金華山恵比須祭が執り行われる運びとなっておりまして、周辺の清掃も同時に始めているところです。
金銀財宝福の神の恵比須様で、関西では熱烈な人気があります。
東北のこの地においても恵比須・大黒信仰は金華山において古くからあるものです。
暑さ寒さも彼岸まで、秋の日はつるべ落とし、まさに秋の日和がやって来て、行楽・観光にはもってこいの季節です。
海の状況も良く、欠航も少ないこの頃、是非金華山に洋上お運び頂きまして、お山の霊気を存分に楽しんで頂いてはいかがでしょうか。
まずは明日の神鹿角切り行事祭が控えており、そちらにご観覧のほどを宜しくご案内申し上げます。
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マーメイド号は定員240名、車載は6トンまで可能という、古くから頼もしい船です。
昨年より神職が二名少ない、厳しい状況での祭典準備でしたが、やれることは皆終え、ボランティアさんたちの協力も手伝って祓所はすっかり綺麗になり、9月25日祭典当日は写真を撮ることもままなりませんでしたが、昨年同様の賑々しい祭典を迎えることが出来ました。
毎年9月25日、午前11時より執り行われる例大祭です。
(写真は昨年のものです。ほとんど変わらない状況でした。)
この日は、天候にもすっかり恵まれ、祭場石の間も昨年同様、仮設のテントなしで行えました。
もはや秋とはいえ強い日差しが照り、じっとしていても動いても、暑いくらいの天候でした。
金華山独自の舞である、「弥栄舞」が例大祭では奉納されます。(多静作舞)
そして天候が無事収まっておられたのもこの方がおられましたおかげでしょうか、寒川神社宮司の利根康教様に昨年同様続けてお越し頂きご参列頂きまして、直会ではご祝辞も頂戴いたしました。
震災後、その年より6年を経て今日に至るまで、ずっと継続されてご支援頂いております寒川神社様です。
震災直後の状況からすると参道も修復され桟橋休憩所も完成して、随分と良くなった状況を噛みしめてご覧になって頂いたのではないでしょうか。
感謝に堪えません。
そして例大祭は150有余名のご参列を賜って諸々の方々のご協力のおかげさまを持ちまして、無事盛大裡に終わり、祭典の後片付けを済ませると、今度は来る10月1日(日)の「神鹿角切り行事祭」の準備に取り掛かっております。
今週末、9月30日の土曜日も含めて、こちらも鮎川・女川両港より臨時便が運航される予定ですので、各船会社にお問い合わせ願います。
ちなみに次週、10月9日(祝)には「恵比須祭」も待ち構えておりまして、こちらも体育の日の祝日とあって臨時便が運航されます。
秋の行楽シーズン、季節がお彼岸を過ぎて、朝晩の日は短くなってきておりますが、体感的に寒すぎず暑すぎず、過ごしやすい季節となっておりまして、祭典はそのまま目白押しで続きますので是非こちらの日程もご考慮され、皆さま近隣お誘いあわせの上、山の遊びと神の遊びに、是非この機会にご来山下さいますようご案内申し上げます。
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土日の雨は往々にして何故かパターン化することがあり、この辺りで食い止めて来週月曜日の9月25日例大祭を迎えたいものと切に思います。
9月9日には一泊で石巻市・北野神社様御一行様がご参籠され、恒例の石鳥居の注連縄奉納を行って下さいました。
これで例大祭の準備は大きく一つ出来た格好です。
甚大な被害を受けている長面地区の皆様には、震災後も変わらず熱意をもってご参拝頂いております。
立派な注連縄が飾られました。
そして9月16日には、東京都よりthis is a penのボランティアの方々21名様が日帰りで支援活動に訪れられ、頂上大海祇神社の修復のための資材上げ作業・拝殿前に海砂を入れる作業・また神楽殿修復・売店リニューアル仕上げの作業に訪れられ、加えて表参道にも修復の手を伸ばすことが出来ました。
筋肉隆々の方はムエタイの現役世界チャンピオン・梅野さんです。
そのパワーは普段相当に鍛えられているだけあって、驚くべきものがありました。
表参道は清掃も兼ねて、ずっと埋めたい場所を形に何とか埋めることが出来、これからの進展に期待です。
本業はファッションモデルの、this is a pen リーダーのSHOGOさんです。
最近ではユニクロの店頭写真の仕事などもされ、お忙しい中、毎月プログラムを組んでお友達を多く連れられ、作業に臨んでいらっしゃいます。
未だ継続されているボランティア作業には、いつも大変に助かっておりまして、感謝の仕様がないほどです。
メンバーの方々にも、作業従事頂きまして、いつも喜んでおられ、楽しんで作業頂いておりますこと、幸甚に思います。
10月9日、恵比須祭で使用する神楽殿(舞殿)は前回ここまで来ておりました。
それが木目を生かす塗装をすることで、さらに綺麗になりました。
年に一度しか使われない舞殿ですが、道路が舗装されて綺麗になったため、周辺の設備もどんどん綺麗にして行きたいところでした。
頂上資材上げ作業では小型の発電機も上げて頂いており、表参道ではダンプ4台分の土砂を入れてならしてこのようになりました。
隔世の感があるほどずいぶん良くなっておりますが、まだまだ手を入れる必要がある場所です。
拝殿前、特に祓所の辺りが海砂を入れることによってとても綺麗になったこともありますが、大広間・四つの間間の売店もレジ台やレジ入り口が作られて、機能的になりスタイリッシュになりました。
すべては黄金山神社のため、金華山のため、とおっしゃって頂いておりますSHOGOさんの言葉が有難いです。
後方支援でご参加頂いておりますクラフトマン世田谷の白井さんもその熱い気持ちに動かされて、ご支援頂いております。
今回は皆さま日帰りの日程で少しくも残念ではありましたが、例大祭の準備は着々と整っている状況です。
様々な方々の熱心な信仰の真心で、金華山は成り立っており、その篤いお気持ちに応えるべく、日々境内整備して行かねばなりません。
9月25日、例大祭の日は月曜日に当たりますが、女川・鮎川両港ともに臨時便が運航されます。
皆さま近隣お誘い合わせの上、奮ってご参拝下され、是非この機会に格別のご利益がもたれされますよう、ご祈念申し上げます。
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あいにくの雨天候でしたが、金華山の歴代の住職などのお墓がある、鮎川浜山鳥に供えるお花などの採取作業もありました。
鹿が食べない花なので、お盆のお供えに必ず用いられる金華山に自生した花となっています。
他、各授与所配置をいたし、外の復旧作業は雨天のため出来ませんでしたが、封入等の内職作業に奮闘頂きまして、これはこのツアーが始まったときの巳歳前の汲々としていた頃の作業に戻ったかのような場面でした。
このツアーの方々には、実に震災後の平成24年8月から継続頂きまして、ずっと復旧作業や、祭典時の神社内スタッフとして活躍頂いておりました。
震災直後の不便な状況下でも来て頂いた方々も懐かしいです。
桟橋がまだ仮の桟橋であるなど、様々な過程がありました。・・・
しかし、こうして復旧が進んでいる限りは、前を向いてまた進んで行かなければなりません。
ともあれ、今回の参加者の方々もお疲れ様でございました。!
金華山の魅力を存分に味わうことが出来ましたら幸いです。
金華山にボランティアで来られる方々は、特に何かしらのご縁で、結ばれて、ここに連れて来られておられるような気がいたします。
辺鄙な場所ですが、それだけにパワースポットとしては比類ないものがあるのではないでしょうか。
これまで復旧作業に携わって来て頂いた方々にも是非またご来山頂き、復興の様子を(まだ道半ばではありますが)ご覧頂けましたら幸いに存じます。
今回復旧復興作業に従事されました方々に、まずは感謝申し上げ、今後ともこうしたツアーの企画が継続されることを願う次第です。
職員の数のわりに、神社境内地は広く、それを隅々まで手入れして行くには、ボランティアさん方々のお手をお借りするしかありません。
そうしてこれまでも、金華山は成り立っており、有史以来ここまで来れているものと思います。
お疲れ様でございました。また有難うございました。!
今後とも機会ございましたらまた何卒宜しくお願い申し上げます。・・・
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まずは参道が舗装工事完了し、車の往来はしごく便利になりましたこと、この参道は市道認定されているため、今後被害があっても必ず直す保証がついていることは大変な強みです。
この長雨で、法面からの雨が出来立ての側溝付近をえぐりましたが、道路に問題はありません。
徒歩でも十分に登れる参道となっております。
牡鹿半島山鳥の一の鳥居を踏まえると、金華山桟橋の鳥居は二の鳥居です。
すでに新道路脇のガードレール設置は完了しており、道路は震災後最も、極めて安全な形で往来可能となっております。
ここまで来るにも、様々な過程がありました。・・
リボーン・アート・フェスティバルが牡鹿半島で盛り上げっているお盆の頃も、風カルチャークラブ・VCを支援する会総勢22名の神社スタッフ支援もありました。
長雨の中、例年になく涼しいお盆となりましたが、こちらはまた追ってご報告申し上げます。
長い雨天のため主に内職作業に奮闘頂きました。
8月17日、BS日テレの取材があり、タレントの遼河はるひさんと、金子貴俊さんも来山されておられました。
9月28日、午後7時からの放映だそうです。お楽しみにお持ちください。
8月19日、20日とまたしても東京都よりボランティアでthis is a pen様総勢28名のご支援がありました。
今回のご支援は多岐にわたり、売店のリニューアルと神楽殿補修、拝殿周辺側溝整備、祓所・神池の剪定、角切場ベニヤ板張り、長雨でのカビ着いた拝殿〜祈祷殿までの拭き掃除、などなどです。
小雨・霧雨の絶えない中、皆さま奮って御健闘頂きました。
そして出来上がった新しい売店がこちらです。
商品は明るく照らされ、通行の往来も妨げず、震災後、外の売店が休止して以来、ずっと四つの間・大広間間の仮設売店で凌いでまいりましたが、震災6年を経て、そろそろリニューアルを、という声で出来上がった売店です。常設のものとしてさらに手を加えて行き、ご参拝者の利便をはかって行きたいものと思います。
長雨でカビついた拝殿の障子は9月例大祭までにすべて張り直すこととし、その段取りが整いました。
こちらも9月例大祭に必須となる祓所のシキミ・モミの木がさっぱりと剪定され、(庭師の方が来られていました。)早くも準備は整ってきている状況です。
庭師の方には、本殿脇「神池」の樹木も剪定して頂きました。
松の手入れなどは見事なものです。・・
作業二日目の日曜日は、あいにくの雨天候であったため、拝殿回廊・欄干・床の清掃に力を注ぎました。
長雨も、今日21日はようやく上がりましたが、「止まない雨はない」としてもそうとう長く続きました。・・・
修復途中の神楽殿です。
こちらは10月9日、恵比須祭の日に使用されます。
アスファルト地面が綺麗になったため、建物や周辺のものも綺麗にして行きたいところです。
問題としては、この神楽殿の屋根裏にスズメバチの巣が作られて始めていること、また参集殿が5階・4階と雨漏りがひどくなっていること、送迎用のハイエースのみならず軽トラックも故障ぎみで調子が悪くなっていることなどがあります。
天候が不順だと、様々な面で影響が出ることは必須なのかもしれません。
それでもまだまだ、「異常」気象はもはや承知の上です。振り子が揺れて元に戻って行くかのように、これから天候が快復して、長雨の湿気を振り払う熱気が再来して、夏は夏らしくなることを願います。
新生して行く金華山、色々な諸問題はありますが、願わくばすべて乗り越えて、秋の行楽シーズンを迎えて行きたいものです。・・・
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この工事があと2,3日で完了すると、参道工事は完全に終了したこととされ、市の検査を受けて現場は撤退されます。
金華山は国立公園でもありますので、景観に配慮した、特殊な格好の良いガードレールとなっております。
是非現地にてご覧くださいませ。
この参道工事は震災の年の平成23年9月21日の台風・山津波被害を受けてより、工事は重機ボランティアさんたちに始まって、金華山支援プロジェクトを経、上川さん主導の大規模な埋め立て作業をひたすらに行い、その間も別経路で補助金などの模索もあり、結果市道として境内地を分筆することで落着し、役員会や神社庁への申請も進め、こうしてやっと完成にこぎつけたわけでありまして、この6年の歳月を振り返ると実に感慨深いものがあります。
多くの方々が携わってこられました。・・
市道となったからには、県道や国道のように番号はつかないでしょうが、あくまでも公共の道路です。
願わくばそれから先の擬木ガードレールも塗装し直し、鹿山公園にある県の公衆トイレも復旧頂きたいものです。
金華山は、その「自然と信仰」ということを考えると、実に世界遺産にも匹敵するものと、考えております。
それを守ってきた中心となる黄金山神社を、まずは再び復興させ、願わくばこの島全体、山全体を手入れして守って行かなければと思います。
それはまさに人類の遺産ともなるべきものでありますので・・・
奇しくも、同様の(似たような)考えのリボーン・アート・フェスティバルも石巻牡鹿地域を中心に各祭典と併せて盛り上がっております。
是非この機会にもこの地域、この島にもご来山くださいますよう、ご案内申し上げます。
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おかげさまです。
関わる諸々の方々の祈りも通じました。
龍体は午前11時と午後1時に、拝殿をゆっくりと出発して行進し、拝殿前にて3回、八大龍王神碑前にて3回それぞれ周り、その後石鳥居前にて一度整列し直し一礼を行ってから、大広間前に特設された龍踊り祭場へと向かいます。
先日舗装工事を終えた真新しい旧売店前のアスファルトの上を行進して行きました。
祭場に着きます。土曜日の奉納が雨天のため完全には出来なかったこともあり、龍衆の皆さまも腕を振るわせておられました。
写真は午後の部のもので、午前にはこの3倍位の観覧の方々がいらっしゃいました。
龍(蛇)踊りは一部と二部の構成になっておりまして、一部はひたすら龍が幸運を象徴する金色の玉を追い求めるストーリーを表しています。
そして二部は御神前の樽酒の御神酒を飲み干すシーンから始まり、世代交代して今回初の龍頭役となった奉仕会の平塚様も張り切っておられました。
龍は御神酒を飲みすぎていったん眠りにつき、太鼓の音でびっくりして再び目覚め、金の玉を再び探し始めます。
何度かの探し求めの末、最後には金の玉を捕まえ、それをくわえたまま煙幕に囲まれて退場していくシーンが描かれます。
ここで一部、二部と終了するのですが、実はアンコールもご用意させていただいておりまして、爆竹役の者が「もういっちょう!」と声をかけると龍は再び祭場に舞い戻り、良いとこ取りの奉納演技が再び繰り返される金華山龍神まつりの醍醐味があります。
奉仕会として龍(蛇)踊り奉納を行ってより、実に30年の節目を迎え、龍衆のメンバーはいつも募集しておりますが、直会では感謝状の授与式も行われ、このお祭りに関わることは観覧演者一体となって得難い喜びがあり、今後とも金華山の夏祭りの風物詩としても末永く存続していきたいものがあります。
土曜日は不完全燃焼だったかもしれませんが、日曜日は完全燃焼出来たのではないでしょうか。
おかげさまでございました。
こうして様々な方がたの思いが集結されて、お祭りは成功して行き、毎年のお祭りを、たとえそれぞれその年に違った形であっても成し遂げて行き、それに向けて周到な準備を重ねて行き、また後片付けを行って行く、その繰り返しが神社を成り立たせ、神社の組織としての生命を更新していく生業です。
極めて多くの方々の思いが、そこには集中され、それはあたかも御神輿を担いで渡御して行くかのようです。
気持ちが一つになり、まとまることが出来なければ成り立ちません。
有難うございました。 今年もおかげさまで無事納めさせて頂きました。
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雨風を司るとされる龍神様のお祭り日がこれほど雨天候に見舞われたのは実に久しぶりのことです。
いかなる状況でも、必ず神事は斎行されます。
龍衆・鳴り物衆参列のもと、龍体のお祓いも行われました。
大広間ではご観覧の皆様に御種銭の振る舞いと、長さ20メートル・重さ100キロの龍体との記念写真撮影もありました。
本来の予報ならば、波が高くて渡航すら困難な状況も予想されたところ、あいにくの雨天でしたが、境内内に賑わいは生まれ、何とか良かったのかもしれません。
それでも、龍踊りのために1カ月練習してきた龍衆と、一年に一度の奉納を観覧に訪れた参拝者の皆さまには、どこか不完全燃焼の部分が残ったかもしれません。
例年よりずっと遅い梅雨明けを待ちわびているこちらの地域にては、金華山龍神まつり龍(蛇)踊り奉仕会の皆さまのご奉仕30年の節目を迎える熱い思いもいまだ少し届かざるところがあったかもしれず、残念です。
そして明日に期待いたします。第一日目は何とかご参籠の方もお迎え入れし、それに先立って、受け入れ体制としてVCを支援する会9名の皆さまに金華山入りしていただいております。
一年に一度の夏祭り、どうにか盛大に花を咲かせたいものです。
ご来山の皆さまは鮎川・女川各船会社にお問い合わせの上、渡航状況を確認されて、現地にて是非この勇壮な龍踊りをご覧頂けましたら幸いでございます。
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7月29日朝9時30分に龍神祭の神事を斎行し、両日ともに午前11時と午後1時より龍(蛇)踊り「じゃおどり」奉納が大広間前特設祭場にて行われます。
この日は鮎川・女川両港ともに臨時便が出る予定ですので、各船会社にお問い合わせ願います。
写真は昨年のものです。
勇壮に、厳(いか)しく麗しく、龍が生きているかのように舞うのが見どころで、その迫力はお囃子の鳴り物衆に盛り立てられ、およそ一カ月の練習を重ねてきただけあって、圧巻です。
拝観は無料です。
参観された方々には龍(蛇)踊り奉納終了後、御神酒と御種銭が振る舞われ、こちらのご利益満載の品々も楽しみの一つとしてください。
龍と記念写真を撮ることも、もちろん出来ます。
奇しくも、今年はAPバンク様によるリボーン・アート・フェスティバル催行中となり、牡鹿半島はその初めての土日とあって混み合うかもしれません。
しかし、懸念材料の台風5号が沖合から高波を押し寄せており、こちらの進路がうまく変わりますように、お祈りいたします日々でございます。
参加される皆さま、拝観なされる皆さまの熱い願いも天まで届きますように、何卒お願い申し上げ、今年も夏まつりとして最大の龍神まつりが無事華麗に行われることが出来ますように、お祈り申し上げ、ご案内まで申し上げます。
なお、鮎川港・女川港ともに未だ整備中ではありますが、駐車場は確保されておりますので、現地の指示に従いください。
金華山に着くと、桟橋に待合所は完備され、参道はアスファルト工事を終え、お車で送迎いたしておりますが、震災後、極めて快適な道路となったことを申し付け加えておきます。
新生された金華山も併せてご覧頂きましたら幸いです。・・
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参拝者の方々も、以前の不便な状況を考えると感慨の面持ちがあったようです。
あとは暑さに負けず雨などにより冷やされ、アスファルトが完全に硬化する状況を待つばかりです。
8月2,3,4日でガードレールの設置もなされるようです。
加えて金華山境内地、旧売店前には震災後初の自動販売機が新しく設置されました。
以前か何度も来られていらっしゃる方々には驚きの進展でした。
船を渡って、商品を補充するだけでも大変なことです。
さしあたって、キリンの一台が投入されました。
鹿も何故か今年はたくさん生まれ、しかも成長が早く、雄鹿の角なども例年より少し早く伸び始めています。
お詣りの方々をお迎えいたします。
7月22日、またしてもボランティア作業がありまして、東京都からthis is a pen総勢17名の方々ですが、その任務は、頂上の大海祇神社屋根の修復のための資材上げ作業がメインとして、(2回、3回登頂されました!)拝殿周辺側溝の修復のための型枠づくり、参集殿屋上屋根修復のための作業、そして表参道修復作業が行われました。
まだまだ継続されるボランティア作業、境内地アスファルトが綺麗に敷かれたことから既存の建物も併せて綺麗にしていきたいものです。
境内整備一筋で、神社の環境を整えて行くことが、神社にとって何より不可欠なことと考え入ります。
関わる工事関係者の皆さま、ボランティアの皆さま、お疲れさまでございます。また有難うございます。
神社は、多くの人々のお手をお借りしないと決して成り立たない場所でありまして、山地にあるため、手入れを必ず行わないと自然に荒れてしまうのを防ぐことが第一です。
新生して行く金華山を、是非現地にてご確認頂き、ご参拝下さいますよう、お願い申し上げます。
奇しくも、明日からリボーン・アート・フェスティバルが開催されます。
こちらのご案内はまた後日お知らせいたします。・・
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神社境内部分は本日すでに完了しており、車の往来も完全に可能な状況となっています。
見違えるほど綺麗になった旧売店前広場ですが、震災前は確かにこのような感じで当たり前でした。
いざアスファルトを敷いて見ると、もはや震災後の記憶はありつつも、次第に打ち消されて震災前の記憶が呼び戻されて行くかのようです。
それはそれで全く良いことなのです。
現在の姿を大事に保持して行かねばならないのです。
新生されていく境内を、震災後不便を強いられた方々は特に、またのご来山のおりにじっくりとご堪能下さいましたら幸いです。
裏参道降り口です。
ここも何度もボランティア作業などで苦心して整備を重ねていた場所でした。
ここまでに綺麗になっておりますこと、当時作業に携われた方々には是非とも見て頂きたいところです。
車の送迎の際のデコボコも全くなくなりました。
スムーズで快適過ぎるほどです。 (それでも震災前はそれが当たり前でした。・・・)
そして表参道・裏参道分かれ道から下の参道部分が、本日作業中の場所です。
ここから先も、工事が入るまで、いったい幾人の方々が復旧作業に訪れて来られたか、計り知れないほどです。
アスファルト舗装工事は明日14日まで続き、明後日15日には車の道路往来も可能になるとのことです。
とりわけここの崩落個所の現場は、ほぼ一年〜二年以上をかけて修復にあたり、つなぎで良いからと仮の補強道路をボランティア作業で一生縣命に作って行ったものでした。・・ 為せば成るという思いで・・・
今や法面も網で保護され、山肌に植物が生えればますます強固な法面となりますが、道路の幅もぐんと広がり、これからガードレールなどが設置されることを考えても、万全な、全く安全な道路となっております。
明日14日、お参りの際には、まだ車が往来出来ませんので、舗装工事作業中の為、「道路端の側溝部分辺りを」歩いて登って頂くことになりますこと、何卒ご了承願います。
明後日15日からは、アスファルトも乾き、硬化するので、車の運航は通常通り行えます。
それも楽しみです。
今まで、震災の年の台風による山津波被害以来、ご来山の方々に大変にご迷惑をおかけしておりました、参道の整備がようやく完了に向けて準備が整い、そして道がこうして整備された限りは、是非とも多くの方々にまたご参拝頂き、金華山の新しい魅力を存分に味わってほしいものと思います。
今週末土日祝日は3連休となっておりますが、土曜日、祝日ともに鮎川・女川両港から定期船の臨時が出るようです。
各船会社にお問い合わせ下さいませ。
金華山は洋上にありますので、夏の暑さはもちろんありますが、海風が涼しく、快適な夏の思い出を一つ作れそうな場所です。
夏は海、離島に渡来して、神社の非日常を味わって頂きましたら幸いこの上ないことです。
震災から一つの踊り場として復旧が進み、新生された金華山を、是非多くの方々に味わって頂きたいものと思います。・・・
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石巻市に境内地の参道部分を譲渡して公共事業としてなされています工事です。
今は砂利道ですが、ここ数日間の舗装工事で完全なアスファルト道路となります。
ここまで来るにも長い道のりでした。・・
ここ数日間のお参りの際には、車が下まで下がれず、歩いて徒歩でご来山頂きますこと何卒ご了承願います。
下の写真はまずビフォーの段階です。14日には舗装は完了します。
台風被災以来、各場所が何度も修復のためにボランティア作業を行った場所で、思い入れがあります。
ちなみに参道以外の境内地は神社負担で重機が入っているこの機会にと併せて工事を依頼したものです。
?丸本組下請けのフロンティア様が舗装工事を受け持ちました。
皆さま道路工事のもちろんプロで、手慣れた形でいとも簡単に舗装をどんどん進めて行かれます。
八大龍王神石碑後ろも完了し、今年の龍踊り龍神祭もすでに準備が整ってきた模様です。
被災直後はここが陥没しており、大変なことでした。・・
参集殿玄関前は、地震で25センチくらい地盤沈下してしまい、建物全体が下がったため、応急処置のレミファルトで埋め立てを済ませていた場所でした。
すっかりみちがえるほど綺麗になっています。
旧売店前の広場も、震災の年の山津波にやられ、アスファルトがめくれて売店内に大量の土砂が入ったものでしたが、ここにきて完全に復旧されようとしています。
前は全面アスファルトで落ち葉掃き掃除も楽なものでした。・・
道路工事専用の機器が入ると、あっという間に工事が進んで行きます。
150度の熱せられたアスファルトが、50度まで下がると、歩いて渡れるほどになるそうです。
工事は粛々と、着々と進められ、震災後の記憶が次第に薄くなり、震災前の記憶が呼び戻されてくるかのようです。
さながら「復興だより」のような金華山日誌ですが、この工事はまさに特筆すべきものがありました。
明日からまた参道の続きが行われ、3日後には山津波で崩落した個所の舗装工事がとうとう行われ、感慨無量な日々となりそうです。
ここまで来るにも実にいろいろな、さまざまな、過程がありました。
お参りの際にはまだご注意下さい。
今週末15日からは、出来立ての道路を運行する、送迎車がスムーズにお迎えに下がれる状況となりそうです。
今はまだ、参道・新生の瞬間です。・・・
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昭和57年建立されたこの慰霊碑の場所は、長年の風雨や地震・台風などの土砂崩れにより、石碑の存立が危うくなっており、石ごと海に落ちてしまう前にその移動が叫ばれるところでした。
金華山の島はその形状が少しずつ削られて小さくなっている現状なのです。
震災前はそれを防ぐための護岸工事の国家(?)予算もついておりました。
灯台までの海沿いの道の修復なども、震災復興の最後の最後になることと予想されます。
ともあれ、参道工事の最中であり、?丸本組様の重機が島内にあるうち、とお願いをして全面的にご協力頂き、この作業が可能なこととなりました。
海側すれすれに屹立する神鹿慰霊碑です。
清祓の祭儀を行って、工事に臨みます。
6月、7月、この季節は船の運航にとっては障害となるガス(霧)ですが、霊島にあっては幻想的な雰囲気を醸し出します。
下の写真の奥手に見えるのは対岸の牡鹿半島の山並みです。霊玄です。
慰霊碑はゴザなどによって保護され、作業は明くる6月30日、先ずは深さがどれくらいあるか掘ってみました。
その深さが分かると、(1m70センチもありました)新しく移動する場所にそれだけの穴を掘り、埋める段取りが行われます。
ところがここで障害が一つ、大きな石が埋め立て場所に鎮座しておりました。
そこで重機のバケットをブレーカーに代えて、石を砕いていきます。
それでもらちが明かなく、エンジンカッターで石をさいの目に切断し、さらに重機で砕いて大きな石は取り除くことが出来ました。
(その石だけでもう一つ慰霊碑が作れるほどの、3トン級の石でした。)
そしていよいよ慰霊碑を吊り上げる段取りです。
スリングベルトとワイヤーをかけてシャックルで繋ぎ、15トン級の重機で吊り上げます。
この持ち上がったところがハイライトでした。
写真撮影は元総代・ボランティアで来山中の三上義弘様に負うところがほとんどです。
大きな重機は細やかな動きが出来、スムーズに移動して行きます。
5トン級の石でした。・・・
そして新しい場所に鎮座いたします。
水平、垂直、後ろ何センチ空け、下から何センチ上げるか、というきめ細かい位置取りの作業が精確に決まるまで繰り返し行われました。
石自体は3m50センチ級の長さで、1m30センチは地中に埋まっており、それで安定がとれていた格好でした。
立ち位置の微調整が進められます。
そして見事、無事に奉遷が完了しました。
入れた土はランマーで圧縮し、少々のことではびくともしないように万全が期せられます。
はがされた芝生をまた集めて埋め戻す作業で完了です。
作業は一日で終わりました。
(当日夕刻午後5時からは夏越し大祓式の神事もありました。・・)
神鹿・神猿は、金華山において遠くは神代の昔より生まれ育ってきたと云われる動物たちの類魂を集めた慰霊碑ですが、10月神鹿角切り行事祭において先立つこと前日には必ずこの碑の前において慰霊祭を執り行っています。
新しい場所に鎮座ましましてもなお、参拝者の方々、勢子ほか諸々の来島者を見守る御魂たちであってほしいと願っております。
このような形でも、復旧復興が少しずつ進んでおります金華山の現状です。・・・
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石巻市報とともに、このような冊子が配られました。
主催はReborn-Art-Festival実行委員会と一般社団法人APバンクです。
冊子には小林武史氏と櫻井和寿氏の対談が載り、小林武史氏のご挨拶と石巻市長亀山紘氏のご挨拶が掲載されています。
問い合わせはオフィシャルサイト www.reborn-art-fes.jp
とinfo@reborn-art-fes.jp (Reborn-Art-Festival運営事務局) または 0225−95−1111(石巻市産業部推進課)
です。
具体的に、何が起こるのかは紹介されておりませんが、お祭り気分がずっと続くものと理解できます。
差し当たって、7月28日、29日、30日に開かれる国営みちのく杜の湖畔公園で開かれるフェスでは、様々なアーティストが音楽イベントを行う予定です。
この期間中、これらのバンドの方々も牡鹿半島のどこかで演奏されたりするのでしょうか?
サイトなどをご確認のうえご来場くださいませ。
もう一点、5月2日の河北新報には、「東北野生動物保護管理センター」代表の宇野壮春氏の論文が掲載されておりました。
「ほとんどの野生動物は人の営みによって左右されるが、この島の動物は違う。いつの間にか動物も風景の一部となり、変わることのない大切な何かを教えてくれる。」
「いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり、勇気を与えられたりすることがきっとある(写真家・星野道夫)」を引いて「私にとっての金華山はそのような風景の一つである。・・だから東日本大震災後にそれぞれが持っている風景を守ろうと思うのは、至って普通のことに違いない。」
と述べております。
さらにもう一点、5月30日の河北新報には、クライミングで観光復興を試みるNPO法人ファーストアッセントジャパンの活動が紹介されました。
クライミング(岩登り)が2020年の東京オリンピックの公式種目に選定されたこともあって、国内のボルダリング人気は過熱している中、金華山の千畳敷・大箱崎・小箱崎といった島の裏側の岩場が、古来から手付かずの岩場で美しいことから、「宝島」として全国また海外のクライミングの方々が訪れて来られている、という内容です。
本日ミヤギテレビでも紹介されましたが、船便が少ない中で、ボルダリング人気が観光客を集め、復興への後押しをして頂ける話は有難く、是非この日本でも珍しい美しい風景を様々な方にご覧いただければと思います。
米国のアウトドアブランド「ザ・ノース・フェイス」も動画を投稿されるなど後押し下さいまして、「ロック・トリップ」と合わせて検索くださいませ。
様々な魅力のある牡鹿半島、金華山のこの夏の盛り上がりに、是非ご注目くださいまして、ご来山のうえひと夏のバカンスをお過ごし頂き、また新しい発見を頂ければ、幸いこのうえないことです。
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これは前回東松山チームによる登拝口付近の整備です。
境内整備は神社に不可欠のもので、森を抱えた神社の位置は、常に整備が行き届かないとすぐに荒れてしまいます。
まして、震災と台風被害の影響が未だに残る金華山は、境内のあちこちに手を入れるべきところがまだまだ沢山あります。
作業前、ビフォーの状態です。
拝殿前周辺の側溝ががたがたでした。
祈祷殿から拝殿に至る階段の下もまだ堆積物があり、柱を腐らせていました。
そして表参道は、震災の年の「金華山支援プロジェクト」による日本財団他皆さまによる整備を最後として、清掃くらいしかほとんど手が付けられないでいました。
出来ていたのは土のうを置いて、昔の石の階段をいくらか歩きやすくした程度でした。
これでは雨では滑ってしまいますし、車も渡れず、景観も損ねていました。
そこに助け船のボランティアさんがまたやって来て頂きました。
東京都よりthis is a pen 、総勢29名の皆さまです。毎月来ていただいておりますので記事としてはおなじみですが、参加者には新しい方も多くいらっしゃいます。
毎月の作業計画を経て、ここに来て最大の人数で渡来頂きました。
昨年、一昨年のクラウドファンディング企画から成り立った作業で表参道に至る太鼓橋の補強作業も終えていましたので、ここを積載した2トンダンプや重機が渡れることが可能になり、表参道にようやく修復の手を入れることが出来るのです。
この橋も以前は地震でボロボロでした。・・
拝殿周辺側溝整備のアフターです。
綺麗に作られて行きます。まだ引き続き継続出来そうです。
祈祷殿から拝殿に至る階段下の堆積物掻き出しと柱の補強作業、アフターです。
今後また堆積物が沈殿しないようにと、杉の枝やその辺りにある素材で、土留めまで作って頂きました。
杉の枝を編むことでそれ以上杉葉などが来ないように遮断することが出来ています。
そして表参道はこのようになりました。
古い鉄製灯籠を撤去し、土のうを開けて、ダンプと軽トラックでおよそ2トンが15杯〜20杯を埋め立てに用いました。
そのため、車で(4駆に限りますが)表参道を階段下まで昇ることも出来、これは実に被災後初めてのことでした。!!
これによって参道周辺の清掃も容易くなり、これから表参道はどんどん整備が進むことが予想されます。
しかしまた、側溝部分のU字溝を並べるなど、課題は山積みですが、重機も入れればマンパワーで何とかなりそうな見込みがあります。
ここまで至るにも、一日二日とは言え、濃密された時間の中で、凡そ30人の方々の知恵を生かした様々な現場がありました。
そして贈り物までありました。
CRAFTMAN世田谷の白井さんお手製のショーケースです。
売店を盛り上げて行こうと、長財布やコインケースの売り物を販売するための品質あるケースがお届けされました。
他にも諸々お世話になり、有難うございました。
今年は復旧・復興を加速させて進みゆく、良い年にあると感じております。
崩落した市道として工事の進む参道のアスファルト敷きも7月20日をめどに工事業者様方が頑張っておられると聞かれ、7月29日、30日の龍神祭にはまた一つ新しくなった金華山が見られるのではないでしょうか。
期待しております。
境内整備が着々と進むことは、本当に喜びで、嬉しいことです。
日々進捗のある金華山を、是非現地でご確認頂き、味わって頂きましたらまた幸いです。・・・
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福井県・上川さん、石巻市・三上さんもそろって待機されておりましたので、作業は登拝口付近石灯籠の建て起し他整備と、石階段脇石碑の建て起し、また玉垣墨入れ作業に分かれて行いました。
どちらの石灯籠も地震以来ずっとそのままであったもので、ここに来てようやく修復されます。
(地震で崩れてそのままの石垣などはまだ各所にあります・・)
建てる位置を選定し、基礎の基礎として単管パイプを土台に打ち込むことから始まります。
同時並行の石碑の建て起しもやはり基礎の基礎に単管パイプを打ち込んだ上で、ステンレスの棒を曲げて基礎石を固定する形で進められました。
玉垣墨入れも同時に行っており、石碑・石灯籠の刻字も新たに墨入れし、また車に詳しい日産にお勤めの方には三菱の軽トラックの四駆の不具合も見て頂いておりました。
上川さんが作業途中にいなくなってしまい、車のことを見ていたと後で知りましたが、一時監督不在になったため、周辺の石垣を直す作業も行いました。
こちらも地震以降手付かずの場所でした。
翌日、石碑の建て起しから順に始まります。
みんなで「よいしょ」して立った暁にはバンザイしなければあかん、と上川さんはおっしゃっていました。
「奉書大乗妙典字三禮塔」と書いてあります。
江戸時代、金華山が大金寺というお寺であった名残りの石碑でした。
綺麗に仕上げられ、神さまもさぞかしお喜びであったことでしょう。
続いて登拝口付近の石灯籠の組み立てです。
何度も行っていますので、要領は分かっています。
台座に穴を空け、ステンレスの芯棒を入れて石材用接着剤で固定します。
こちらも江戸時代の灯籠でした。
胴が来たあとに火袋の台座が来て、(火袋は無くなっていたため上川さんお手製のものです。)水平を確かめ、訳なく組み立てられて行きます。
写真が横になってしまいましたが、基礎台の周辺に砂利をまぶし、細かい芸まで見せて完了です。
頭の部分は後日石を切り出して上川さんが作成されておりました。
ゴールデンコンビの三上さんとも喜びを分かち合い、満足気です。
その後、絵馬殿の修復作業を始め、細かい各所の仕上げの作業を経て、上川さんは13日に下山され福井に戻られました。
三上さんとのコンビも含め、この方々がおられなかったら金華山の復旧作業はどうなっていたのだろうと考えるとぞっとします。
御神縁に導かれて、ご来山頂いております。・・
東松山チームの方々も、最初は震災の年の年末に、お正月を迎えるための準備として「金華山支援プロジェクト」が立ち上がった際に常夜燈の完成にご協力頂いたのを始めとして、毎年継続されてずっと来られております。
メンバーは各所からでも、何故か作業に詳しい方々が多く集まれ、ボランティア歴も長い「大人のボランティア」支援活動を行っておられます。
震災後6年を経て、いまだ作業を続けておられる皆さまには感謝の気持ちでいっぱいです。
社会人の勤めとして、本業が他にあるにも関わらず、出来る方々が出来る時に出来ることをする、というスタンスでお集まり結集頂くこと自体に、天皇陛下ではございませんが、同朋をいたわるお気持ちを痛感され、感じ入ります。
そしてご支援を頂く立場として、応えられるのは、復興に向けて震災前の賑わいを取り戻し、おかげさまで良くなりましたよ、と言えることです。
境内整備は神社にとって必須のことで、古来より奉仕団によって守られてきた歴史があります。
震災を経て、その奉仕団がボランティアさんであっても何ら変わらず、やはりすべては御神縁のお導きで成り立っている気がいたします。
感じ入ります。極めて多くの方々によって、この島が御神威あるものとして守られて行きますことを。・・
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両日ともに女川便・鮎川便両港より多数のご参拝の方々が訪れ、土曜日のご参籠は40名近くでボランティアさんも入れると参集殿は満館状態でした。
(参集殿屋上の雨漏りから使えない部屋が五階に多くあり、そちらの復旧も急がれるところです。・・)
作業の第一は4月19日の突風で剥がされた頂上奥の院大海祇神社の銅板屋根修復のための足場組みのための資材運搬作業で、これには中でも特に若い方々が従事され、二日間で二度三度と資材を担いで登拝頂きました。
ただ登るだけでも大変なこと、頭が下がります。本当にお疲れ様でございました。
同時並行してさらに一つの現場は、お正月・G.W.などに半分が休憩所として開放される旧売店作業スペースの棚づくりで、こちらにCRAFTMAN世田谷の白井さんが監督され、ご奉納頂きましたボッシュの電動工具を含め、作業道具類を分類して収納できる、素晴らしい棚が出来上がりました。
あたかもテレビ番組の「ビフォーアフター」の匠の技を再現されたかのようです。
そして別の場面で匠の技が発揮されたのが祈祷殿から拝殿に至る中を通る階段の傾きの矯正作業で、地震で歪んでそれっきりでしたところをここに来てようやく手を入れることが出来ました。
作業監督の若林さんです。せっかくだからと、階段下杉葉などの腐葉土と化した堆積物の掻き出しを行い、柱部分をワイヤーブラシで苔を落とし、そこに防腐剤を塗って行く作業までご指導頂きました。
金華山にとって何といっても欠かせないのが福井県・上川さんと石巻市・三上さんのまさしくゴールデン・コンビです。
(黄金山だけに・・)
お二人とも頂上も登られており作業の段取りをして頂き、様々な場面でも重要なポジションは変わりなく、たとえば上川さん発案で階段の横のズレを矯正するため、近くの杉の木の大木から同じく杉の木の丸太を水平にジャッキを当てて、外側から階段を押すことで中から見ても殆ど真っすぐになっております。
その後反対側から引っ張る段取りです。
ここも地震以来手付かずな場所、なかなか手を入れることが出来ない部分に整備を行うことが出来ましたので、神さまもずっと痒いところが掻かれたかのような気持ち良さを味わったのではないでしょうか。
二日目の船便帰りの便間近まで、マンパワーで粘り強く出来るところまで完全に綺麗に出来ました。
さらにもう一つの作業現場が拝殿周辺の側溝整備です。
これの長年の放置が遠因となって、地震で拝殿石垣の角の部分が少しく不安定な形となってしまったものと理解しております。
排水をとることは建物のみならずあらゆる場面で大事なことです。
雨は必ず降りますので。・・
セメント等に詳しい宮本さんに監督頂き、ご指導頂きました。
this is a pen 代表SHOGOさんのご子息も来られておりました。
大人数をまとめ人員の配置などの苦慮もされつつも、さながらCMの撮影現場のような、和気藹々とした中でご活躍を頂きました。
神社にとって、子どもが天真爛漫に活動されることは、和気相満ちたとても微笑ましい風景となります。
そして拝殿周辺側溝は埋もれていた土管を通し、無事応急処置的にでもこれから梅雨時にでも、十分な排水がとれる状態となりました。
当日は河北新報の方も取材に訪れ、震災後6年経ってもいまだ復旧作業を必要としている金華山の現場と、それを根気強く継続されておりますボランティアさんの活動を記録されて行かれました。
今年は本当に復興が如実に兆しとなってようやく現れてきている年と認識しておりますが、ここまで来れておりますのも、ひとえにこれまで震災復旧復興に従事頂きましたボランティアさん皆さま方、そちらを後方支援で資金援助して頂いております崇敬信者様皆さま方、さらには変わらずご参拝頂いております参詣参籠者皆さま方の賜物と、関わるすべての方々に、あらためまして言葉に表せないほど深謝申し上げたいところでございます。
復旧・復興とは、決して一筋縄では行かないものと思い、稲で縄をよるかのように、それが不思議とひとりでに折り重なって次第に太くなって行くかのように、多数のご縁が集まって初めて成し遂げられるものと考えます。
関係者、諸々の無数のご縁が集まって、ここに結集して成り立っている金華山、こうした縒りを絶えることなく未来まで、後世につないでいくことが私たちに課せられた使命であります。・・・
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金華山復興支援に取り組む最上元気研究所・VCを支援する会押切珠喜様ご紹介の東京造形大学教授・オープンハウス代表取締役益田文和先生始め山谷こうじ様、風の旅行社竹嶋友様などのボランティアグループが、金華山の牡鹿の春に角が抜け落ちることに着目し、それらを拾い集め、質感を生かしたものづくりに着手していただきました。
そのテーマの一つとして作製されるのが、縄文時代に行われていた鹿角の釣り針づくりや、勾玉のような装身具づくりです。
いまだ試作品の段階ですが、なかなか好評で、試作品の中でも強く求められ、販売されたりもしております。
神社境内内、大広間売店前にて展示されております。
金華山の魅力の一つは、日本にいてまるで異国にいるかのような、または異世界にいるかのような、非現実的な時間空間の感じ方にあるとも思われます。
その切り口が一つ違うだけで、こんな芸術的な作品が出来上がってしまうものと驚嘆いたします。
鹿たちは、古くはブッダの時代から、何故か神聖なところにいるものでした。
写真の切り取りかたによって金華山がこうもまた違って見えます。
こちらのプロジェクトはまだまだこれから進行する予定ですので、お楽しみにお待ちください。
さて、本日はまた福井県から上川さん・石巻市から三上さんが昨日ご来山されたために、復旧作業がまた一つ進むこととなりました。
男子寮トイレの配管直しという地味なことではありますが、その住民にとっては作業の完成は震災後6年を経て快哉を叫ぶほど重要なことでありました。
作業写真はお見せせず、美しい風景をお楽しみください。
再来週土日、再再来週土日にもボランティア作業が予定されており、まだまだ現場も多くあることを痛感いたします。
一方、お祭りの後片付けかたわら、あらたなる7月龍神まつりの告知も始まりました。
金華山休憩所に掲示してあります。
お祭りは準備を重ね、多くの方々のお手をお借りしてようやく成立するもの、神社の運営護持も、多くの方々のお知恵を拝借して技術が重なり、ようやく成り立って行くもの、多面的ではありますが、古くよりそうした伝統が脈々と続いて来て、今また新たな展開が生まれようとしていることには、ご神縁とお導きの出会いに感謝いたすことしか出来ません。
金華山は、神社は、幾度も再生して行きます。
多くの方々の手によって。それでいて古き良き伝統を絶やすことはありません。
神事は必ず継続されますので。・・・ それは1000年以上絶えない、ある山のご神火のように。・・・
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夏までの工事の目玉でもあります、旧売店前、参集殿前、裏参道入り口のアスファルト敷き工事の段取りも始められております。
平成23年、震災の年の台風被害・山津波によって損壊した場所が6年を経た今になってようやく完全に修復されようとしています。
男子寮付近から見える中庭の木は、アジサイのような花をつけ、名前は分からないけれども美しい花が咲くものがあり、毎年のことながら見る人の目を和ませます。
「年年歳歳花相似たり、年々歳々人同じからず」、とも言われますが、同じ花でもそれは一年を通して必ず違った花であり、時期時期で目を楽しませてくれる植物の偉大な力と思います。
そして初巳大祭も終了し、お祭りの非日常からまた日常へやってまいりました。
かと言え、金華山は毎日がほとんど非日常ではありますが。・・・
朝日の光はいつでもどこでも神々しいものです。
G.W.中、全くと言ってよいほど降らなかった雨が今日はまとまって降っています。
これは農作物にとってはまさに恵みの雨かと思われます。
波浪によりお客様は少なくとも、初巳大祭の片づけは進み、また新たなるシーズンに向けて金華山は旅立うとしています。
次の大きなお祭りは7月の龍神まつりですが、これまた一カ月以上かけて準備するお祭りであり、まだ少し先のことであります。
5月、6月、新緑の候・青葉の候、金華山は海の涼しさもあって、夏に至るまで、最高のシーズンを迎えようとしております。
山賑やかなこの頃に、是非ご参拝をお待ち申し上げております。・・
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当日は5時起床で、同日開扉祭は5時半より石の間で行われ、午前6時半、神輿を拝殿まで上げて、午前9時より小渕浜実業団による獅子舞の奉納と鮎川七福神舞保存会による七福神舞のご奉納がありました。
お神楽が始まるといつもお祭りの始まりを予感させ、お祭りの気分をいっそう高めて頂きます。
午前10時の巳の刻に祭典開始の太鼓が鳴り、祭員・奉仕員は大広間前より、正面の石段を参進して行きます。
そして引き続き、神輿発輿祭(はつよさい)が斎行されると、神幸の儀を経て、渡御委員長による一本締めにより、御神輿が動き出します。
随神門脇にて、鍾楼の鐘が撞かれ続け、行列の威儀物は賑やかに、八重桜と相まって彩を添えます。
牡鹿半島各浜の皆さまがご奉仕下され、各浜多くの稚児さんたちも参列していました。
稚児付き添いの親御さんも含め、総勢100名を越える大行列です。
御神輿は境内大広間前、旧売店前などをところ狭しと練り歩いたあと、裏参道から降りて分かれ道に入り鹿山公園の行在所(あんざいしょ)を目指します。
そして少しの休憩のあとで御神輿と行列が再び動き出すと、桟橋御旅所にて御旅所祭(みたびしょさい)が斎行されます。
震災後、ぎりぎりの参道で神輿を出したこともありましたが、今回は道路修復中の神輿渡御となりました。
(工事は今年の夏までには完全に完了する予定です。・・)
神輿御旅所祭は先ず海潮祓用の潮汲みから、厳かに始まります。
そして御旅所(みたびしょ)祭のハイライトは特殊大麻による海潮祓の特殊神事です。
五色切麻所役も同様に祓います。
神輿、山鳥に向かって対岸の海、そして山を清める神事です。・・
御旅所にても七福神舞が奉納され、その後めいめいにお昼を食すと、再び神輿が動き出し、後は一直線に拝殿の元つお宮を目指します。
そして拝殿に到着し、神輿還幸祭が斎行され、神さまにご奉告申し上げ、本年の神輿渡御も無事恙無く終えることが出来ました。
5月9日付けの石巻かほく、また河北新報にも取材記事が掲載されました。
御神輿の準備はまさに一カ月かかり、後片付けも一カ月かかります。
その直前の込み入った準備にご協力頂きましたボランティアの皆さまにやはり感謝です。
担いだ奉仕員、参加された皆さま、ご観覧頂きました参拝者の皆さまにもやはり深謝申し上げます。
そして御神輿が終わると、御山はいつの間にかいったいがまさに新緑の候となっており、島内が静けさを取り戻し、翌日より?丸本組様による境内内道路舗装工事が満を持して着手されることとなりました。
こちらの工事も悲願のもので、山津波で流されたアスファルトを敷き直す工事となります。
そして平成29年初巳大祭は5月12日まで続きます。
明日、10日は天候不順のようですが、御本殿内陣の御簾が開かれる「御開帳の儀」が執り行われるのも、12日までで、駆け込みのご参拝をお待ちいたしております。
例年のことですが、初巳大祭が始まると特別な神事の期間中となり毎日の開扉祭・閉扉と職員は身体が覚えている特別な動きとなってまいります。
新緑の候の霊山に、皆さまどうぞ近隣の皆さまお誘いあわせの上、神遊びにお運びくださいませ。
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そして本日5月7日、初巳大祭神輿渡御も無事滞りなくご奉仕終えました。
前夜祭・本祭の写真は残念ながらありませんが、神輿渡御の写真はありますので、後日ご報告いたします。
以下の写真はボランティアで来られておりました風カルチャークラブ・竹嶋様によるものです。
G.W.最中の5月3日に入って頂きました風カルチャークラブ・VCを支援する会総勢22名の皆さまのご奉仕により、今年も無事初巳大祭神輿渡御まで乗り越えることができました。
厚く御礼申し上げます。
初巳大祭は、5月6日より開始され、5月12日の閉扉祭まで、ご祈祷の方全員が御本殿御開帳の儀にご案内される習わしでございますので、是非こちらの機会に金華山にご来山くださいませ。
島内は八重桜が満開のまま神輿渡御まで迎えることが出来ました。
G.W.期間中も鮎川・女川両港ともに大幅に増便され、おかげさまで多くのお客様をお迎えすることができました。
この賑わいが、神社にとって何よりの喜びです。
きっと神さまもお喜びになられているはずです。
天候も穏やかで恵まれ、極めて平和な賑わいに満ち、鹿たちは桜の落ち花を食べていました。
大祭前には習礼と称して、お祭りのリハーサルのようなことも行います。
各方面から来られておりました助勤者の皆さまにも大変にお世話になり、多方面でお働き頂きました。有難うございました。
まことに極めて平和な、穏やかな天候のもとG.W.は過ぎゆき、金華山は大勢の参拝者の方で賑わいました。
金華山という島は、古くから信仰の対象とされ、鹿は神鹿(しんろく)とも言われておりますが、写真や切り口の違う目線で見ると、また沢山の掘り出し物がございます。
神社とそこに暮らす人は、変わらずそのままであっても、なぜこのようなところにこのような場所があるのか、それは実際に訪れてみて、長い時間を過ごしてみなければ分からないことかもしれません。
古くからなぜこのような祭典が厳修されているのか、その問いはつまるところ神さまの域に関わり、尊厳はいつまでも保たれて行きます。
VCを支援する会・風カルチャークラブボランティアの皆さま方、大変お疲れ様でございました。ご奉仕いただき、誠に有難うございました。
復興途中の金華山ですが、その信仰の核心部分の片鱗にも、触れられて頂きましたら、誠に幸いでございます。
なぜこの島の神社の復興が重要なのか、この島はどういうところなのか、漠然とした思いで来られておられる方々がほとんどかと思いますが、何となく引かれる、というだけでも大事なところです。
すべてはご神縁によって導かれています。・・・
そして初巳大祭は5月12日まで続きます。・・・
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鮎川・女川両港ともに船便が大幅に増便されます。
女川発9:00を皮切りとして4便、鮎川発9:00を先発として8便、5日まで終日運航されます。
女川は7日まで同じ便数で動きます。
鮎川は6日(土)、初巳本祭の日に少し減り、7日日曜日はまた便数が増えます。
なにせ天候が週間予報で良いもので、これは絶好の金華山詣でのチャンスかと思われます。
5月5日前夜祭に始まり、5月6日午前10時の初巳本祭を経て、5月7日には神輿渡御が行われ、5月12日の閉扉大祭までの期間中、ご祈祷を受けられました方は全員御本殿御開帳の儀にご案内いたします習わしとなっておりますので、こちらの初巳大祭もどうぞご参拝のご予定の念頭に置いて頂きましたら幸いです。
御本殿が御開帳されると、また格別のご利益があると云われます。
長期ゴールデンウィーク休暇の方は、是非こちらにもご注目ください。
ともあれ、今金華山の桜は満開です。!!
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今年はゴールデンウィーク中の平日にも臨時船が運航されるとあって、金華山渡航の利便ははかられ、お泊りの方も連日いらっしゃいます。
神輿渡御に向けて、御神輿の装飾も終えました。
本日はご参籠の愛知県・石田様による獅子舞の奉納が一番祈祷後、ございました。
津波で流された石巻の大漁旗を身にまとい、震災後各地で舞われているとのことで、迫力のある獅子舞でした。
御神輿と初巳本祭の準備は着々と進んでおりますが、3日から来られるボランティアさんたちのご協力が心待ちになっております。
境内の八重桜はすでに満開を迎えました。
この桜も御神輿渡御まで持ってくれれば良いのですが、少なくともGW期間中は参拝者の目を楽しませてくれることでしょう。
明日2日はまた鮎川・女川両港ともに一便が運航され、3日からは女川3便、鮎川は8便も出ますので、各船会社にお問い合わせの上、ご確認頂きまして、金華山へご来山をお待ち申し上げております。
G.W.は金華山へ!
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いよいよゴールデンウィークも始まり、女川港より一便、鮎川港より二便の定期船がそれぞれほぼ満船で出航されました。
金華山の受付脇の山桜がいまちょうど見頃を迎えております。
早朝の写真ですが、夕方にはほぼ満開となり、過剰な暖かさのためか、一方で散り始めてもいます。
ご覧頂くにはお早めに!としか言えません。・・・
こちら祈祷殿脇の八重桜はつぼみが膨らみ、夕方の段階で八分咲きでしょうか、いつも5月の初巳神輿のときに咲いていましたので、何とかそれまではもってほしいものです。
GW期間中には確実に満開となります。
船便は明日も女川港11:00、鮎川10:20と12:20の定期便が出航しますので、お時間にお乗り遅れのないよう、ご注意下さい。
さて、来る5月3日には、風カルチャークラブ・VCを支援する会の総勢22名様が神社職務運営スタッフとしてボランティアとしてお手伝いに来て下さり、今回は4泊5日のご予定で5月7日・日曜日の御神輿の日までご奉仕される予定ですので、誠に頼もしい限りです。
先だって本日先発隊の厨房・押切さんもすでに入られました。
通常業務のみならず、お祭りのときに合わせてこうした形でご支援を頂いておりますことは、平成25年の巳歳正月以来、ずっと助けられておりますことでして、おとりまとめ頂く方々・ご参加頂く方々に感謝の気持ちでいっぱいです。
神社はこうして多くのお手伝いの方々のお手をお借りしましてやっと大きなお祭りごとが行えるもので、そこには、中心とする神さまのお働きかけが強くあるものとも感じられます。
御神縁によって、ご奉仕もされ、あるいはご来山されてご参拝もされ、そういった諸々のつながりが、大小の大きな輪となって、神社や祭典が成り立っていく、このことが事実まさに悠久の昔から連綿と続いて来たからこそ、こうして現在があるものと思い受けられます。
たとえ震災があろうと、かえってむしろ新たなご縁が生まれ、新たなつながりでまた大きく羽ばたいていくのが信仰深い神社たるゆえんです。
こうして、これまでにも何度も困難を乗り越え、幾度も復興を繰り返してきたのがまた金華山でもあります。
その現場に、私たちはまた一つ直面しています。
G.W.は金華山へ!
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女川発4月29日から5月2日までは
毎便 女川発11:00 金華山発13:30 が運航され、
5月3日から7日までは
毎日 女川発 9:00 、 11:00 、 13:00
金華山発 10:00 、 12:00 、 14:00 、 15:30 が運航されます。
鮎川発4月29日から4月30日までは 鮎川発 10:00と12:30
金華山発 11:50と14:00 の二便が運航され、
5月1日から2日までは 鮎川発 10:30 金華山発12:30 の一便です。
5月3日から5日までは
鮎川発 9:00、9:40、10:20、11:00、11:40、12:20、13:00、13:40
金華山発 9:40、10:20、11:00、11:40、12:20、13:00、13:40、14:20
の計8便が運航されます。
5月6日初巳大祭本祭の日は 鮎川発 9:00と10:30 、金華山発12:30と13:30〜14:00
の二便、
5月7日初巳大祭神輿渡御の日は
鮎川発 9:00、9:30、10:30、13:00
金華山発 12:30、13:30、14:00〜15:00
の4便となっております。
詳しくは船会社 鮎川港:金華山航路事業協同組合(0225−44−1850)
女川港:潮プランニング(090−4639−9038)
までお問い合わせ願います。
さて、金華山灯台へ向かう海沿いの道は相変わらず津波被災そのままの有り様ですので、ご注意ください。
以前はこちらに二軒の民宿もありました。
今は見渡す限り白玉の浜になっております。
その桟橋付近にあるのが、この度オープンしました、休憩所です。
トイレもあり、船待合に活用できますので、ご来山のおりには中をご覧ください。
その休憩所から少し進んだところに、御神輿の日に神輿が休まる「御旅所(みたびしょ)」があります。
芝生を植えて、昨年、おかげさまで整備も進みました。
桟橋付近の鳥居も健在です。こちらは昭和52年の巳歳大祭記念で建てられたものです。
(津波はこの鳥居の下の横棒まで来ました。)
鳥居付近には、初巳大祭告知の看板が立てられております。
5月6日初巳の日から5月12日まで一週間、毎朝の開扉祭とご祈祷の度ごとに御本殿御開帳の儀が執り行われるのが初巳大祭です。
神輿渡御は期間中の日曜日であり、今年は5月7日に行われます。
神社付近まで昇りますと、各所に桜が咲いているのが目に見えます。
こちらの写真は枝垂れ桜で、これからは山桜と八重桜が咲こうと各所でつぼみを膨らませております。
おまけの写真は、御神輿の日に行われる特殊神事で使われる特殊大麻の長い若布です。
春潮の一番干潮で引いたときに採取してまいりました。
これがお祓いのための材料にもなります。
震災以前はもしお草という海藻を活用しておりましたが、地盤沈下のため取れなくなってしまいました。
震災は海藻の繁殖も変えております。
ともあれ、4月29日から始まるG.W.並びに5月5日前夜祭から始まる初巳大祭には、是非ご注目頂き、ご来山遊ばせ頂きますようご案内申し上げます。
内陣の御簾が開かれる初巳大祭の御開帳の儀は、格別のご利益が授かるものと、言われております。
準備を重ね、万端の状態で、金華山一同お待ち申し上げております。
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崇敬者総代・阿部和工務店様による桜と松の苗木それぞれ20本を金華山境内地に植樹するという試みは、震災前から続いておりまして、今回で9年目になります。
東京都から1泊2日で来られておりましたボランティアのthis is a pen様20名もご参列頂き、その後の植樹作業にまた鹿の角切り場フェンス修復作業他にとご協力頂きました。
霊島に木を植えるには神事を必要としまして、良く育つようにと祈念をいたします。
阿部和工務店様総勢17名、this is a pen様20名、それに神社職員と元総代の三上さんも加えて合計40名近くで作業を行いました。
今回は、this is a pen代表岡田様の斡旋によりボッシュジャパンの提供があり、電動工具までご奉納頂きました。
神社にご奉納頂きますことは、すべてにおいて有難いことでありまして、これまでの数々のご奉納の品々で様々な場面で物たちが活躍し、丁寧に扱うことで末永く活用させて頂くことになります。
作業も含めまして、誠に有難うございました。!
金華山の桜はソメイヨシノがすでに100年を過ぎて老木となっており、新しい若い苗木を植えて、数10年後を見据え、手入れをしていく状況にあります。
苗木の植樹には、鹿よけの柵が欠かせなく、囲っておかないと鹿がすべて食べてしまいますので、十分に育つまでに囲いが必需となっています。
震災前も、NPO環境ネット石巻様に、金華山植樹のプロジェクトを企画頂いたものでした。
整備を重ね、桜の桃源郷をまた再びつくりたいものです。
現在の桜は、ソメイヨシノが19日の暴風で散り始めを迎え、これからは山桜と八重桜が咲くころとなっています。
やがて散りゆく桜はいつ見てもはかなく、そこはかとない思いに誘われます。
売店脇にありますのは、コウボウ桜という巨木ですが、こちらも散り始めではあります。
樹木はいったいいつまで咲き続けることでしょうか。
金華山参道の工事も法面まで進んでおりまして、通行の際には工事関係者より注意されますが、この工事は全く悲願のものでした。
プロの方々は当たり前ですがしっかりと確実に段階を踏んで着々と工事を進めていらっしゃいます。
(定点カメラで撮影し続けたら出来上がりの様子まで素晴らしい動きが見られることでしょう。)
工事関係者の方々も神社参集殿にほぼ泊まり込みで進められ、参道に関しては夏までの完成を目指していらっしゃいますが、山津波以降悩まされてきた道路幅が広がる参道工事の完了は、本当に楽しみです。
間もなく来週からはゴールデンウィークを迎え、工事はいったん中断されて、多くのお客様をお迎えすることとなりますが、出来立ての桟橋の待合所が活用され、多くの方々に生まれ変わりつつある金華山を堪能頂きましたら幸いです。
ご来山頂きました方々、並びに初巳大祭の郵送でお申し込みの方々には、この霊島の、広大無辺なるご利益が授かりますよう、祈念申し上げます。
ゴールデンウィーク期間中は、鮎川・女川両港ともに船便が増便されますので、追ってご連絡申し上げます。
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