棲鳳閣

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     6月18日(火)、巳歳御縁年大祭第93日目、今日は棲鳳閣(せいほうかく)のことをお話し致したいと思います。

     棲鳳閣(せいほうかく)は栖鳳閣とも書き、鳳凰が棲む(すむ)部屋という意味です。

     
     貴賓室であり、明治30年の火事のあと、皇族の方が来られるということで急いで明治36年(1903年)には完成しております。
     
     建坪37坪、金華山の社殿全体は火事のあと島内のケヤキの木で作られたのですが、この部屋だけは杉の正目の木で作られており、貴賓室であるため普段は入ることができません。

     





      



     上の写真は震災前のものです。

     現在は地震により壁が壊れ、装束が干されておりますが、内部はほとんどそのままで保たれております。


     




     伊達邦宗様による書です。現在伊達家当主は第18代の泰宗様ですが、邦宗様は第15代に当たります。






     明治の三大書家・日下部明鶴(くさかべめいかく)による書です。


     「雲に登りて月を歩く」と読みます。日下部明鶴は御弟子様がたくさんいらっしゃいますが、その書は明治時代の教科書にも載せられており、筆法は懸腕法から回腕法に至りぐいぐいと書いていくその書体は、遠く離れたところでも金華山歴代の書家に受け継がれ、ある種模範とされています。








     現在はちょうど出張展示されています吉田初三郎「金華山鳥瞰図」も普段はこちらの部屋に納められ、飾られておりました。

     描かれたのは昭和8年、奇しくもちょうど昭和の三陸大津波があった年です。

     
     現在、東北歴史博物館にて展示は終わり、今後6月21日から9月1日までは青森県立美術館にての展示が行われ、金華山に戻ってくるのは9月13日となります。


     



     現在大広間にて飾られておりますおなじみの弁財天絵馬の原画です。

     こちらは昭和9年、昭和天皇御大典記念の奉納とされております。

     作者は熊耳耕年(くまがみこうねん)です。現在大広間にて拝観することができます。


     この絵馬も栖鳳閣にしまわれていました。


     お宝と呼べるご神宝は実はまだまだたくさんあります。そしてまだ未開拓のものも・・


     
     
     震災による地震の後片付けをしていたら発見されたお宝もあったので、奇縁とは不思議なものです。







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